空間情報デザイン研究室
空間情報デザイン研究室 小林一郎
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2010.09.14  うるわしの国 その2

橋と世界遺産の旅が始まった.
岩国や伊佐の人達には,
帰国後,永村から楽しい話があるはず.


サン=テミリオンとボルドーの世界遺産を見学した.予想通り面白くない.まあ,その方面では素人なので,仕方ないのだけれど,これで世界遺産になれるのか,というのが素直な感想である.それにしても,一日に2個の世界遺産見学は豪華ですね(確かに,広島でもできるか..).最も今回,永村は,パリも含めれば,10カ所の世界遺産を見ることになる.


しかも,運転手と石橋ガイドがついての飛び切り豪華な旅である.
世界遺産に関しては,事前調査の甘さを毎日のように先生と先輩に指摘されつつ,日々是勉強ではある.それも別の意味で,豪華なことなのだが,本人はどう思っているのでしょうか.深く鋭い洞察の伴った復習に期待したい.本田同様,「やればできる子」なのだけれど,研究室の伝統なのか「やりません」.

ボルドーですが,私にとっては,若い頃読んだ「海への道」の舞台となった町だ.モーリヤックの本は,フランス語としても難しく,キリスト教関連の話が出るので,歯が立たない.せめて,主人公が訪れる例の喫茶店(大変好きな場面がある)に行きたいと思いつつ今回も,町歩きを優先させた.

ボルドーでの感激2題

はじめの写真は.大河ガロンヌ河畔の整備事業の一環で造られた噴水,霧のような水が,地面から立ち上る.親子でその中を歩いて楽しんでいる.眺める私たちは,遠くに横たわる石橋を眺めつつこの光景に見とれている.

自転車や徒歩,ジョギングをする地元に人とそれをぼんやり眺める観光客,溢れんばかりの人たちが,河畔のこの光景を共有する空,川面,路面の反射,すべてが蒼く染まる.長い,長い,夕方の一コマである..

次は,完全に脱帽(前を横切る人は無視して下さい).P+Rとフランスの町の地図にあれば,何のことかわかりますね.20年前にリヨンに住んでいた頃,町に行くには,郊外の最寄り地下鉄駅まで,車で行き,駅前の駐車場に車を置いて,乗り換えていた.10年くらい前から,日本でも交通工学の先生達の間でははやり言葉になった.彼らは,いつも流行に遅れ気味な気がかり.

さてボルドーのトラムですが,写真は帰国後に報告会でお見せします.この写真は,トラム用の郊外の駐車場用ビルの中.往復用の2回券(3百円くらい)を買うとここが無料で使える.終電は夜中の12時過ぎらしいが,26時まで空いているとのこと.これほど完璧な,P+Rは始めて見た.

ボルドー万歳!


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2010.09.14  うるわしの国 その1

パリはさておき,
フランスは,大好きだ.


まず,空の広さが,圧倒的だ,100種類ほどの青が微妙に変化する様に言葉を失う.緑の美しさが好きだ.パステル色とは,まさしくこの千変万化する緑のことを言うのだろう.車でパリを出て,しばらくするとその光景にであう.パリにはないと思う.

そんな,お百姓の働く村の森を,1時間も歩くと,妖精が棲むとしか思えない,小川に出会う.そしてそこに,悪魔が架けたに違いない,石の橋がみえてくる.私は,そういう「うるわしの国」が大好きだ.

誤解のないように,付け加えたい.パリにそのような場所はない.もちろん,パリにはパリの魅力があり,1000人の人には,間違いなく,1000個のパリがある.お互いに「私のパリ」を語り合うのは,楽しいことだろう.その意味で,私は,その中のその他大勢の一人であり,「大したパリ好き」に加えられるべき人間でもないし,そうなりたいとも思わない.

一方,くどいけれど,写真のようなフランスは大好きだということで,「パリが好きではない」の言い訳をさせて欲しい.



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2010.09.14  うるわしの国 その3

橋の旅2題




始めは,7連(?)のうち,2連だけ残った石橋の残骸(周辺も含めキレイに保存されている)から新橋(約150年前の土木技術者の作品)を眺めたところ.


2枚目は,マルトルーの運搬橋.文化省の肝いりで,動態保存が決まり,10年くらいかけて再整備された.観光用の橋だが,周辺の整備のし方は参考になる.古い橋の橋台をこの橋用のの展望台として整備したり,そこまでの遊歩道を造ったり,金はかけずに知恵を使った小さな橋の博物館(無料)の使い方とか...


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2010.09.10  公のパリ

公共空間とは何だろう.
みんなが集って楽しいところ.


では,路上に溢れる喫茶店は,公共空間なのか.きっと,違うのだけれど,皆のモノではある.写真のレストランも,そこで食事が出来ない人には,入れない場所だ.

しかし,こう考えることはできる.風景はみんなのものだ,散策をしている人にとって,食事中の二人は,絵になる景だ.その二人がくつろいで,楽しそうな様子なら,そんな幸せの波を送ってくれる光景は,間違いなく皆のモノだ.散歩者の私は,こんな所であなたと食事がしたかったと思ったりするのです.

次に,2枚目の写真を見よう,モンマルトルの人知れぬ小さな一角に,マルセル=エーメ広場がある.建物の入り口の私有地のようにもみえるが,Placeなので,公共空間だと判る.この傾斜地の壁にエーメの「壁抜け男」の作品を記念し,このような彫刻が置かれていた.旅行者の私たちは,その様な物語を知ってか,知らずか.この面白いストリート=ファニチャーに,微笑んでしまうのです.

私たちはここでも,皆の風景として,この彫刻とその由来となった物語とその作者を共有する.都市の深い奥行きは,このような都市内の有名・無名を問わぬ,風景の作り手とその背景にある様々な物語りを,各自の教養の程度に合わせて楽しむことではないだろうかか,

さて,もうとっくにパリにはいないのに,ダラダラと「私の好きでもない町」について書くのはやめましょう.3人くらいの人は読んでくれているらしいので,改めて,お礼を言います.

いま,本当のフランスで土木遺産について考える旅をしています.機会があれば(あるいは,リクエストがあれば),出来事に書いてもいいと思っています.


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2010.09.09  色のパリ

フランスの色使いの感覚には感心する.
案内した日本の「女子」達も満足そうだった.
いつか,パリの感想を聞きたいものだ.


いわゆるウィンドウ・ショッピングの楽しさは何より,目を楽しませる色の氾濫だ.そして,パリの鮮やかな色の使い方に,私も時として感動するが,日本の女性は,皆うっとりとしている.

今回のパリは,実に面白かった.決して今まで,行かないようなパリを発見した.マレー地区は,ヴォージュ広場を中心とした歴史地区で,ピカソ美術館もある.それが私のパリだった.

が,そうではないパリを発見した.彩り豊かなバッグの専門店,様々な種類の紅茶の葉を売る高級店.美味しそうなアイス屋,自然食や食用オイルの店.「そうか,こんなパリもあったのか」目から鱗の一時だった.

それでも,私が一番感激するパリの「溢れる色」とは,市場の果物屋の色だ.様々なリンゴ,ブドウ,スモモ,・・・.小商いの店は,少量多種だからこそ,個性豊かな色達が店頭にひしめく.この鮮やかな植物の塊達にはホットするものがある.大量店では,同じ色の単品目が所狭しと並ぶだけだ.

リンゴもブドウも,一種類ではない.本当に,「個性を認め合う」という文化は大事だと思う.









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2010.09.07  擬のパリ

「先生,擬木は使ってもいいでしょうか.」
ある人からの質問だ.
「時と場合によるでしょうね」というのが答え.



パリのある公園を散策中だ.この手すりを見て欲しい.何と凝った造りだろう.どれ一つとして同じものがない.ここには,アール・ヌーボーに通底する,美への情熱がある.擬が凝となることで,技術者は自らの情熱を世に問いかけている.

橋の床板を見て欲しい.一本一本の角材がすべて個性を持っている.木ではなくコンクリート製なのに.ここまで,凝ることに何の意味があるだろう.しかし,ここまでやるからこそ,人々が驚嘆し,作者を信じるのだろう.

大事なのは,擬木か否かではなく,そこまで問うか否かだ.
自信を持って自ら信じるモノを造ってほしい.利用者は案外賢く,正しい評価をするもものだ.

是非とも,このような楽しい仕事が残ればと思う.この公園を散歩しながら,これを造った人々の,こだわりと情熱を十分に感じ,幸福感に包まれていた.パリは楽しい.

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2010.09.07  ナント研究発表会

本田も・小林もやりました.
永村だってちゃんと読めたし,
田中だって,何か喋りました.


本田の発表の中で,「錦帯橋に真正性はあるか」の問いに,異口同音に,発表を遮る形で「当然あるだろう」との回答があった.世界の常識は日本の非常識なのだ.痛快な一時でした.

本田が原稿もナシに,フランス語で発表したのは,司会の私も,感激しました.みんな,司会の私が,午後のセッション30分遅れで始めても誰も文句言いませんでした.いい国です.(小林)


永村 後よろしく

from 永村景子 comment(2)


2010.09.06  食のパリ

たまたま,郊外の朝市をみた.
10時過ぎなので,すでに店じまい中.
それにしてもこの楽しさは持って帰りたい.


日本でも,昔の商店は,客と店主の交流の場だった.だまし合いをしたり,値切りの交渉をする場ではなかった.売る専門家と買う専門家の交歓の場,社交場だった.

スーパーという慇懃無礼な安売り舞台が,この世界を破壊したのだ,残ったのは,売る素人と買う素人で,いつまでたっても互いの中で「売り物」に対する繊細な価値評価の能力が育たない.

これは,悲しい世界だと思いませんか.少なくともフランスという国には,朝市の中に(あるいは食生活の中に),その様な習慣が残っていて.果物も野菜も暮らしの中で,それぞれの味わいを私たちに与えてくれる.

さた,今日の昼飯は,リンゴとオレンジと水.たったこれだけのモノが,私の,目を楽しませ,舌を喜ばせ,爽やかな香りを運び,...,そして,満腹感で一杯にさせる.日本にいると忘れてしまうが.「食」とは楽しいコトである.

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2010.09.05  事のパリ

実はもうパリにはいないが,
もう少しパリでの話を続けます.
電車の見学中の出来事2題



電停のベンチで昼食用のリンゴでも食べようと,辺りを眺めていると,バイクの青年を,警察官が尋問し始めた.パトカーに乗っていた婦人警察官も降りてきた.私の中で,十分に緊張感が走る.

2,3ヶ月前フランスのあるところで,警戒中のパトカーが,いきなり発砲され婦人警官が射殺された.フランス最初の銃による殉職婦人警官とかで,大統領まで追悼に参加した.印象深い出来事だった.それにしても,婦人警官はみんなカッコイイですね.お腹が出てないフランス人はきっと少数派だと思います.

この話には,大変面白い後日談がある.彼女には,生まれたばかりの子供までいたので,大半の人の涙を誘った.ところが,ある市の職員が,弔意を強制されることに異議を唱えた.「公務員が公務中に死んだだけだ.」ということらしい.確かに,消防士にしろ,土木の公務員にしろ,公務中になくなることは,あり得る話だ.それなのに,彼女だけが尊敬され,国民全員が哀悼の意を表す必要はあるのかという問いかけだ.いかにももフランス人らしい頑固さではある.

さて,次は,ちょっとした事故.T3のとある電停で,周辺を探索していると,大きな急ブレーキ音の後に,バンという乾いた音がした.みれば,横断中のバスに車が突っ込んだ.ギリギリ・アウトということなので,バスは小破,車は中破(ただし自力で移動した).緩やかな下りの続く道なので,飛ばしていたはずだ.

パリもこの辺りになると,結構車は飛ばしている.パリの車は人を見たらみんな停まってくれるというのは,あまり,信じない方がいいと思う.夏の日は長いのだから,青信号になってゆっくり渡ることにしましょう.



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2010.09.03  線のパリ

ある日,電車(T3とT2)に乗った.
パリですら,電車の利用を考えているし,
着々と線を延ばしている.




環状に電車を展開しつつある.特にT3の統一したデザインは,簡素でキレイだ.メトロの終点各駅と電車の路線を繋いでいるので,バスや地下鉄との乗り換えが極めて容易である.

よく考えられている.というよりは,熊本の電車が何も考えていないという方が正しい.構想とは全体と細部を統一的に考えるとこだ.交通計画と都市デザインと構造の細部が相互に連動しているということだ.一体,誰がその全体を統括すべきなのだろう.アートポリスでは絶対無理です.

さて,ベルサイユ門で,T3からT2に乗り換えたことで,珍事が発生した.T3は市内にあるので,普通の切符で乗れるのだがT2は市外なので,ゾーン3の切符が必要だ,運転手に確かめると,市内用の一日券に一回券を足せばいいとのこと.乗り込むことは出来た.それにしてもT2は,国鉄の旧線を使っているので,町の裏を通る.落書きだらけでウンザリする.二度と乗る気はしない.

珍事は,T2の終点ラ・デフンスから町に帰るときに起こった.
ビジネス街の退社時間と重なったせいもあるのか,大量の人が自動改札を黙々と越えている.一日券を突っ込んでも,区間外ではじかれた(判っているけど一応挑戦).そうして当惑.すると,老人が,俺の券で入れという仕草をし,押し込んでくれた.2回関門を通過させてもらい,ようやくメトロの1番線にたどり着いた.言い訳がましく,「どうして通らなかったのでしょうか」と尋ねると,「ワシは知らん,が良くある」とのこと,彼はきっと,毎日のように,郊外に迷い込んだ観光客を助けているのだろう.

それにしても,ラ・デフンスまでは,市内にカウントすべきですよね.









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