空間情報デザイン研究室
空間情報デザイン研究室 小林一郎
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2014.07   山本一浩 からメンバーへ




研究室のほとんどのみなさんは、私のことを知らないと思いますので、
まずは自己紹介から。
 名前:山本一浩(Yamamoto Kazuhiro)
 職場:国土交通省 近畿地方整備局 足羽川ダム工事事務所
 仕事:ダム計画・設計
 研究:CALS関連・点群データの利活用等

相当むかしの話しになるが、高校時代の授業で製図という時間があった。
もともと、絵を描くことが好きで、製図もその延長上で楽しんで描いていた。
当時の製図はCADというものもなく、手書きで、カラス口のネジを調節しながら墨を含ませ、
直線や曲線を苦労して描いていたことを思い出す。

建設省に入省したころは、鉛筆描きが主流となっており、
カラス口やロットリングよりは修正が容易となっていた。

時代は流れて、図面はCADに移行し、手書き図面を見ることはなくなった。
初めてCADで図面を描いた時の感動は、今でも覚えている。
自然と手書き製図との違いを感じていたのだろう。
手書きでは難しい曲線も簡単に描けてしまう。

そして、三次元CADどいうものが現れた。
手書き時代の私にとって三次元設計は、言葉にならない程の驚きである。

20世紀が終わろうとしている時期に、建設CALS/ECの動きだした。
内容は、2004年度には全ての図面は三次元化され、
積算も自動化するという夢のような話しである。
あれから10年。現場では相変わらず、二次元の図面で施工が行われている。
何が原因だったのか・・・

CIM構想が、こうならないことを願うばかりである。



2014.06   緒方正剛 からメンバーへ


仙台の貞山運河


「仕事は創りだすもの」

織田信長の言葉に、「仕事は探してやるものだ。自分が創り出すものだ。与えられた仕事だけをやるのは雑兵だ。」とあります。

現代社会にも通ずる言葉だと思います。
社会に出てからの仕事然り、大学での研究もまた然り、です。
私自身も色んな人と話をしながら模索していますが、なかなか回答を得られていません。
学生の皆さんは、今は言われたこと、目の前のことこなすだけで一杯一杯だと思いますが、
とは言え、我々は仲間なのですから、多くの言葉を交わし、お互いに「いい仕事・いい研究」を見つけて、取り組んでいきましょう!


写真は、昨年訪れた仙台の貞山運河です。従事している方々のパワーが感じられました。





2014.05   福地良彦 からメンバーへ




[Recognize your ignorance]

All you have to do is to recognize your ignorance honestly, and you will find someone who are willing to fill your head with information.



2014.04   ウイナー からメンバーへ




「A Journey to Happiness」

私はアメリカに行ったときから、人生の苦しさが分かってきた。お金がなくて、ゴミ箱から家具やパソコンなどを拾っていた。そして、賞味期間がほとんどなくなったチョコレートとかしか食べれなかった。なぜそんな人生を超えられたのかを考えたら、「家族と一緒にいたから、苦しくても”幸せ”」だったからだ。

タイにいたとき、首都の子だから、他の人をライバル視するのは当然。
自分の弱みを探して、どうやって改善するのかを考えていた。
どうやって他の人に勝つのかも毎日考えていた。色々辛い思いがあったけれども、「家族と相談できたから”幸せ”」だった。

日本に来たとき、日本語が全く分からなくてとても悲しかった。そのとき2週間で15キロ体重が減った。今回だけ、上の二つの問題が同時に起った。私は5年間、耐えることができた。”幸せ”のときもきっとあったけれど、辛い時間ばかりがあったので、本当の”幸せ”を探している。

"Life is just a one big journey"

みんなさん、今は”幸せ”ではなくてもお互いに頑張りましょう。僕もこの一年間で「幸せ」を見つけたいと思っています。



2014.03   上村 真樹&中島 幸香 からメンバーへ




<上村>
月日の流れるのは早いもので小林研究室に来てからあっと言う間に5年経ってしまいました。
この度、三月末日をもちまして退職することとなりました。
たくさんの人と出会い、少しでも関われたことを感謝します。
とても楽しい5年間でした。
四月からは幼稚園の先生として働くことになりました。
不安もありますが、新しい出会いが楽しみです。

小林先生、星野先生、田中先生、各研究室の皆様、
これまで大変お世話になり、本当にありがとうございました。

今後の皆さまのご活躍をお祈りしております。


<中島>
大学を卒業して就職し、結婚し、子どもを2人産み、東京で5年間を過ごしました。
一家で熊本に帰ってきて、小林研秘書としての2年目が終わろうとしています。

小林研に学生の履歴があるように、まだわずかですが、秘書にも履歴があります。
鶴原さん、上村さんと、塗り重ねてきた履歴、それを丁寧に受け継いで、みんなの「おねえさん(今はまだおねえさん希望)」から、いつか「おかあさん」のように、(「おばちゃん」かな・・・)、サポートしていけたらと思っています。

上村さん、5年間お疲れ様でした。

上村さん、そして、この春旅立つ小林研の学生さんたち、「小林研に別れなし!」
いつでも遊びにきてください。



2014.02   上川路ゆり からメンバーへ




「ぺーぺー」

私は、今年の1月末でアルバイトを辞めました。
大学1年の1月から始めて、ちょうど3年間。
おそらく人生において最初で最後のアルバイトでした。

最初は一番下のぺーぺーだった私は、
辞める時にはわりとなんでもできる人になっていました。
それは、3年も続ければ、
ある程度は成長できるだろうとは思うのですが…

自分の中では、きちんと考えて働いてきました。
その証が上の写真、ミーティングでメモをとった紙です。

こういう思い出が積み重なった品をみると、
しみじみ思い返してみたりするものですが…

私は捨てます。

しかし、人との縁は捨てられません。
これまた、それはそうだ、と思いますが…

私は、わりと新しい地へ行くときは縁を断ってきました。
こういうと聞こえが悪いですが…
この人と一生ずっと関わっていきたいくらい魅力的なと人と
縁を続けていきたいと思うのです。
そして、私もそんな人になりたいと…

いつもは写真の紙と一緒に人とのつながりを捨ててしまう私が
今回は捨てたくないと思いました。

それだけ魅力的な人たちと出会えたことに感謝して、
紙は捨て、私はまた新たな地へ行きます。


また、ぺーぺーになって…





2014.01   林大貴 からメンバーへ




「白と黒 ときどき灰色」

地球の裏側で、貧困に苦しむ子供に
私は何も出来ない。

脚をなくした物乞いに
私はお金しか渡せない。

一人になり、世界を歩いてきたものの
CADさえろくに扱えない。


それでも。
テレビを見て
心を痛めることは出来る。

床に座って
一緒になって笑うことは出来る。

ペンを持ち
出来るようになる努力は出来る。


白か黒。
結果はそれを物語る。
それがすべてではある。

だからこそ、灰色に染まりたい。
黒を白に。
出来ないことを出来ることに。

簡単ではない。
でも、黒はやっぱり悔しい。



2013.12   ウイナー からメンバーへ




「Exceed Your Limit!」

昨年は「限界」と言う言葉の意味が理解出来ました。留年しないために、頑張って多くの単位を取りました。頑張ったおかげで、4年生になって小林研究室のメンバーになれました。

自分の「限界」は自分が決めたものに過ぎません。私は4時間なんて勉強できません。これはひとつの例です。実は、昨年まで私も自分の限界つくっていました。私は5時間以上寝ないと何も出来ないと自分で思っていました。けれど、昨年の状態は、試験期間中に2時間寝ることも許されなかったので、自分の限界を超えました。

今、小林研究室にいて、毎日新しいことを学んでいます。先輩たちも優しくて一杯教えてくれました。小林先生も私に一杯チャンスをくれました。

私から、自分の「限界」を繰り返し超えていきます。





2013.11   吉田史朗 からメンバーへ




「覚悟に勝る決断なし」

7年くらい前から心に留めている言葉です。
「覚悟」と「決断」どちらも人生を歩んでいく際に重要なキーワードであることは間違いない。

この言葉に出会う2年前に父が病に倒れ、生死の境で1ヶ月も、もがき苦しんでいる姿を間近で見ていました。奇跡的な回復で社会に復帰しましたが、完全に治癒することは不可能な病であり、以前とは明らかに違う父の姿がありました。
自分の病と闘いながら、私や周りの人に何かを伝える父の言葉や行動に、生きていく厳しさを痛感していました。そんな月日の流れの中でこの言葉に出会いました。

父は「覚悟」と「決断」を病に冒される以前から何度も繰り返していたはずです。しかし、私はそんな姿を見ようともせず、単調な日々を過ごしていました。
この言葉に出会ったことで、私自身の考えに変化が生まれました。今まで見ようとしなかったことを「覚悟」と「決断」に置き換えて見ることが出来るようになりました。

父が職を最後までやり遂げた「覚悟」、私に職を託した最後の「決断」、私なりに感じ取り、受け取りました。あれから3年の月日が流れようとしています。当時とは環境や立ち位置は違うけれど、変化していく時代の中で何かを感じとり、今日まで多くのことを考えながら過ごしてきました。

私はこれからも、多くの「覚悟」と「決断」を繰り返していきます。




2013.10   藤田 陽一 からメンバーへ




「遮二無二」

先日,ある芸人のパラパラ漫画を見た.
内容も感動的だったが,一番印象に残ったのは,枚数.
4分半の作品に要した枚数は1500枚以上.
紙を重ねて数ミリずつずらして描くという,労力,時間がかかる地道な作業.

「背景をコピーして,人物だけ描くと効率は上がるが,
背景がぐにゃぐにゃするという味がでない.」
「気にいらなければ100枚くらい捨てることもある.」
【良いものを作りたいだけ.】
と,芸人は語っていた.
こだわりを貫くために,妥協しない.

対照的に自分は,時間に追われると,
「良いものを造るより,終わらせる事が大事」と,
どこかで妥協したり,手を抜いたり.
また,効率化という言葉を利用して逃げている.

良いもの,自分の意に沿ったものを造るために,
「効率度外視で,遮二無二取り組む」
ことが大事だと,ある芸人を見て思うのです.




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