空間情報デザイン研究室
空間情報デザイン研究室 小林一郎
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2013.09   竹本憲充 からメンバーへ




「智者のふるまいをせずしてただ一向に念仏すべし」

このたび、博士論文が成稿の運びとなりました。
小林先生をはじめ、皆様方には種々御指導を戴きまして、まことにありがとうございました。
この場を借りて、御礼と御報告をさせて戴きます。

今月のヒトコトは、浄土宗の開祖、法然上人が弟子に向けて遺した「一枚起請文
(いちまいきしょうもん)」という文書の一節です。
一枚起請文は、建暦2年(1212年)の正月に、法然上人が弟子のために著した一
枚の文書ですが、法然上人の教えが見事に集約されています。
お亡くなりになる2日前に書かれたということにも驚かされます。

この一節を含む文章全体の意味は、
「あなたがお釈迦様の教えをとてもよく学んだとしても、
その一文すらも理解できない愚か者だと自省し、
決して智慧のある人のような振る舞いをしないで、
ただひたすらにお念仏を称えなさい」となります。

小林先生は既に学問を究められた「智者」ですが、
それでも智者の振る舞いをせずして、
日々最新の研究テーマに取り組んでおられるようにお見受けいたします。

このたび学位をいただいたとはいえ、いまだ智者にはほど遠い私などは
決して学問をよく理解しているといった勘違いをせずに、
一文すらも理解できない愚か者としての姿勢で、
これからの仕事に取り組んでいかなければならないと思います。

皆様には、どうか今後ともご指導のほど、よろしくお願い申し上げます。



2013.08   椎葉祐士 からメンバーへ




「俺は昨日の俺ならず」

2007年に研究室を卒業して早6年、様々な局面の変化がありました。
仕事の方では、CALS、情報化施工、CIM・・・
プライベートの方では、就職、結婚、子育て、また就学・・・など

さて、最近の目標は、
「30代はまだまだ我武者羅でいこう!」ということで、
基本的には断らない姿勢で臨んでいます。
能力的、時間的に無理そうでも、とりあえずやってみようと。

そんな中、就学のチャンスを頂きました。
「いつやるの? 今でしょ!」ではないですが、
「研究いつやるの? 今しかない!」という気持ちで、
社会人として頂いた貴重な就学のチャンスを生かしたいと思います。


小林先生をはじめ、研究室、同級生の皆さん、今後ともよろしくお願いいたします。




2013.07   高田 哲聖 からメンバーへ




付加価値

就職について思案する時間が増えた今日この頃、
「付加価値」
という言葉が目に留まった。

―最低限の作業や、
マニュアルさえあれば誰にでも可能なルーティンワークをこなすだけではなく、
自分で考え、行動することで生まれるプラスアルファ、
それが相手の感動、満足を生む。

仕事をするのは「必要だから」「利益のため」だけではなく、
結果的には感動、満足といった無形の財産を生むため。
これがひいては自分の仕事の充実感にも繋がるのではないだろうか。

学生の間にこなす作業や課題、研究にも同じことがいえる。

まずは自分に与えられたことを、正確に理解し、遂行する。

そのうえで、
常により良い結果を生み出すチャンスを求め、
機会を見逃さず行動に移すこと。

それが誰かの心を動かし、
自分のやりがいとなり、
また明日も頑張ろうという意欲にも繋がっていく。

大学の学生生活をただ漫然と過ごすのではなく、
「どうしたらより良くなれるか」
努力しながら、残りの日々を送りたいと思う。




2013.06   嶋津卓郎 からメンバーへ




当事者意識


M1の構造設計論(主題と変奏)の回に、先生がぽつりと一言。
「諸君はメインテーマを持ってないから、何を言っても通りすぎるなあ」

この言葉を1年越しに、同じ場所で再び聞いて、
以前とは違う受け止め方をしている自分に気づく。
きっと無意識の内に、ずっと考えていたのだろう。

この1年間で蓄積した知識や経験、
これから進むであろう道への準備と期待、
いろいろなことが相俟って、ようやく、
他人事ではなく自分の足で一歩を踏み出した。

当事者としての意識がない者に、何を言っても、
はなから聞く気がないし、理解ができない。
受け止めきれないまま、通り過ぎていく。
お互いが不幸になるとはこのことだ。

今後は、まずはサブテーマぐらいを目標に、
じっくりと網目を張り巡らしていくつもりだ。




2013.05   秋山慶介 からメンバーへ




稼ぐか払うか

学部の時に先生に「授業料分のことを学ばんと損やと思わんのか」と強く言われたことを覚えています。
学生は現に25万円程を毎期払い籍を置いているわけで、昨年その学生にCADのTAを通して接する中であることに気付きました。

それは、授業を通して最も学び、成長したのは【お金を稼いで】いる自分ではないかということです。

少なくとも、授業で教えた生徒に比べれば、教える上で得たCADの知識では負ける気はしないし、大勢の人前で話す、教えるということも体験できました。お金も貰って。
これはいつまでも、お金を払ってる立場にいる場合じゃないなと思いました。


あと、僕は競馬が好きです。
就職活動でJRAも受けました。
もし、そこで働くことになっていたとしたら、馬券は買えなくなります。
自分の好きな競馬を好きなようにできなくなります。
レースの開催日に会場で仕事に奔走することはあっても、馬券を握ってレースに熱中することはなくなります。

だから、競馬は僕にとって【お金を払って】やることです。
これは、お金を稼ぐ立場にいくべきじゃないなと思いました。

本当のところは、JRAに落ちた自分への言い訳。
それと今週のオークスが楽しみなだけです。



2013.04   おかだ さちこ からメンバーへ




「それ、いつ終わるんかー?」

先生から幾度となく問いかけられた言葉。

好きになったことを、半分ぐらい意地になって、納得いくまでやっていたら、
1本の論文を書くのに2年かかった。

調査に1年、まとめるのに6ヶ月、文章を書くのに6ヶ月。
実は、まだ終わっていない。。。
要領が悪いとはこういうことをいうんだと思う。

先生にそろそろ見切りをつけられるかなと気にしながら、
気にしないようにして、ぐずぐずと考えていたら、
博士論文のテーマが言葉になってきた。

知りたいと思ったことをとことんやってみる。
そう決めて、3年。
一生かけて考える対象が見つかった。

ここからがまた、長いなー!



2013.03   永村 景子 からメンバーへ




「スタート地点」

30歳までに・・・と考えていた目標を2つ、ようやく達成した。
31歳目前の春。目標は1年オーバーしてしまった。。。

あまり年齢には触れたくないが、なぜこんな目標を立てたのか、
しばらく忘れていた。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

山口県下関市出身の私にとって郷土の偉人は、高杉晋作だ。
享年29歳で亡くなった。短い人生。
それでも、十分な功績をわれわれに遺した。

中学生の頃、祖父が教えてくれた晋作の逸話がある。

幕末に長州藩と、英・仏・米・蘭との間で生じた下関戦争。
この講和条約では下関の一部が植民地化する恐れがあった。
条約交渉にあたった晋作は、
さもピストルを持っているかのように、
自身の懐に手を入れたまま、交渉を続けたという。

真偽は定かではないが、この講和条約での長州藩の賠償は、
最小限にとどめられた。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

晋作が完結させた29年で、私は何が出来るのか。
それが、目標設定の理由だったと思う。

2つの目標を成し遂げて、まずは一安心だ。
しかしつい先日、父に言われた一言がある。
「目標達成は、あくまでスタート地点でしかない。」

研究室に配属されてから、丸9年。
これまでは、何とか"懐のピストル"で乗り切ってきた。
これからは、"腰に刀"を携えて、歩いて行かねばならない。

30歳の春。少し遅いが、ここが私のスタート地点だ。



2013.02   山中孝文 からメンバーへ




「考察」

3年間で紙の束が増えた。
けれど、正しいうるささは持てなかった。

本のコピーでも、印刷したWordでも、積み重なったメモ用紙でも、
なにかしていれば溜まっていくもので、
それを使って「正しいうるささを持ちたい」なんて言っていた3年前。

それでも、3年分の紙の束で、100年前の学生のことを伝えるのに
少しだけ貢献できたのだったらいいかとも思う。


さて、ここまで書いて公聴会(2013.2.6)を迎えたわけです。

もっと図面と一緒に遊んであげたら、正しいうるささを持てるような気がします。




2013.01   高橋優介 からメンバーへ




「大人の仕事」

きっと今の研究室に足りない言葉です。
時間をかけて一生懸命することが大人の仕事ではありません。

学生はすぐに負けを認めますが、大人は絶対に負けを認めません。
責任がかかっているから。

研究室は馴れ合いの集団ではいけません。
もっと一人一人が自分の研究や仕事に責任を持つ集団になるべきです。



2012.12   杉原浩実 からメンバーへ




Man reist nicht um anzukommen, sondern um zu reisen.
"人が旅するのは旅するためである"

研究室で過ごした3年間はよく似ている。
ひたすら歩きつづけなければならない。
終わりはなく、道には迷うし、険しく、辛い。
でもそんなとき道標となってくれる人がたくさんいる。

ようやく3年間の旅はどこかに到着しなければならない。
旅で価値観がかわるとよく言う。
しかし,価値観などそう簡単に変えられるものではない。
旅の意義は新しい視座を得ることだ。
ある地に達したとき、人は新たな視座を得ているのだろう。

そしてまた旅にでなくてはならない。
次は道しるべはない。もっともっと長い。

でも一歩この島からでると、
想像できない光景ばかりが広がっている。
それはもう、旅せずにはいられないのだと思う。



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