空間情報デザイン研究室
空間情報デザイン研究室 小林一郎
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2007.05.01   29日(日) Navibus sur L'Erdre


みんなのんびりした、昼下がり。駅の東口までバスで行って、船を待つ。
あまりの人の多さに、先ほどのでは乗り切れないと、余計な心配をしていると、
悠然と平底の観光船がやってきた。この線は、土日は観光用らしい。

今度は、40分ほどかけて、4つの駅を経由して遡上し、同じ時間をかけて戻ってくる。
右岸が、新しく開発された地域らしく、建物も新しく不揃い、2番の電車も川沿いに走り雰囲気がない。上流に行くに従って大きな森があるらしく、両岸は緑に覆われてくる。
川では、カヌーの練習をしたり、自家用ボートで遠出に出かけている人もいる。
10人くらいのれる貸しボートで楽しんでいる家族や宴会中の若者グループも見える。

左岸には、古いお屋敷がいくつかあり、そこだけ、木がないので、ファザードが見える。
すばらしい造りである。川岸まで私有地らしく、川沿いにせり出して、遊歩道が架かっている。
これもアイデアだと思う。すこし上流には公園があるのだから、人々は川面を見ながら移動できる。

下りの途中で降りて、ヴェルサイユ島に寄る。子供つれで、大にぎわいである。
大体、フランスの子供は安上がりで、こんな公園で一日満足する。
ここには、日本庭園が日本人の手で造られているらしいが、日本的な公園には思えなかった。
それにしても公園の多い町である。

まだ6時。9時を過ぎないと暗くならないし、レストランは8時くらいでないとやっていない。
小一時間喫茶店で、ビールを飲んで、買ってきた雑誌を読む。大半が大統領選のこと。
7時まえであるが、この時間でも、子連れは、結局、マグドナルドしか行くところがない。

と思っていたら。イタリア料理のチェーン店が開いている。
禁煙席を希望したら。子供天国であった。隣は老夫婦と可愛らしい孫娘。
まだ幼稚園だろう。ピンクの洋服に金髪が映えて可愛らしい。
子供用の椅子には座らず、壁側の長いベンチの私の隣に座ったが、胸の上にテーブルがある。
横目で見ていると、靴を履いたまま、さっさと正座し、きっちり平らげた。
店員も、「デザートは何にしますか。マダム」と茶化すが、すましてアイスを注文。
これもペロリと食べてしまった。おみごと。

a)屋根付きの観光船(往復1時間半、これも切符1枚)
b)両岸の間を結ぶシャトル便もある
(こちらは、12人になり次第出発と書いてあるが、適当に移動する)


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2007.05.01   29日(日) Navibus sur La Loire


ようやく、いくつかのことが判ってきた。行くべき場所も、何カ所か出てきた。
今日は、河越えの日である。大河LoireにErdreが流れ込んでいる地点がナント発祥の地。
土地の成り立ちとして理解しやすい。大河は外堀で、小さな川を主に舟運に利用していたはず。

まずは、70番で電停までと思ったら、これが土曜は動いていない線であった。
歩く。電車で目的地へ。12:20Loire横断のNaviBus に乗る。小さいが、バスである。
自転車も運んでくれるし、切符一枚で乗れる。確認したところによると、
1時間乗り放題のこの切符は、最初に乗った場所に帰ってきても良いらしい。
これが駄目なところもある(たとえばリヨン)。
考えて見ると、1時間というのが微妙な時間設定で、結局、2枚使うことになる場合が多い。

対岸の港には6分で到着。本当に市民の足。
昨日買った本によれば、戦前はナント市民よく休日にここに遊びに来ていたらしい。
小さなヨットハーバーもあり、川沿いに数軒のレストランもある。良いところであるが、
日曜日はバスの便数が少ないので、のんびりする日なのだけれど、私だけが急いでいる。

19世紀の町並みを眺める。島を埋め立てて作ったところで、建物が不等沈下し、
傾いたままのところがある。ビザンチン様式の教会も見えてくる。
ポルトガルの港を思わせる(古くで荒々しい感じ)。
観光案内はどうでも良いので、省略。帰って話します。

a)バスとバス停(みんな2階のデッキに吹かれている)。
b)自転車も載せてくれる(右端には、押印機もある)。


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2007.04.30   27日(金) 町から大学を往復


実は、ひげ剃りを忘れたり、メールをしたくなったりして、バス・-電車・バスと乗り継ぎ大学に戻った。
食べ物さえあればここで、孤立生活をしても良いのだけれど、コット先生の優しさがそれを許さない。
「情報の孤島」と「陸の孤島」のどちらかを選ぶしかない。5月1日のすごさは身にしみている。
用を足し、また、町へ戻る。とにかく、「その日」に備えた避難なのだ。

TANの続きを、2回やりたい。
まず持って、時刻表がすばらしい。a)は年間の運行表、4種類の時刻表がある。
普通は「ピンクと黄色の2通り」、土曜が緑、日曜が青。b)がその色に対応した運行表である。
まず、年間表で今日が何色か確かめる。次いで、その色の運行表を見ると、
あと何分、このバス停で待てばいいかが判るのだ。

これとは別にバスの中に、各線の両終点間の運行表がある。乗り降りの大体は分単位で予想できる。
すごいことだ!どうして熊本で出来ないのか。簡単。
熊本県がUDの県ではないからです。TANの構想の全体がUDのお手本だ。
数字とローマ字さえ読めれば、世界中の誰もが、ここではバスで行きたいところにいける。
それを保証するのが色つきの運行表なのだ。ほどよい色の氾濫が巧まずして至る所に配置され、
町にリズムとハーモニーを生み出している。

さて、この年間計画をじっくり見て欲しい。4つの色以外に、もう一色あるのが判るだろうか。
1年にただ一度TANの総てが停まる日がある。正月でもクリスマスでもない。
5月1日。働くものが、まさに血みどろになって勝ち取った権利を確認する日。
そう、メーデーとはその様に大切な、大切な休日なのだ。

そして、車を持たない私は、歩いて食べるものが手に入る範囲にいないといけないのだ。


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2007.04.30   28日(土) 町の骨格


町の様子がはっきりしない。どこが旧市街で、どこに19世紀の町並があるのだろう。
学校では、作業に追われて、未だに図書館にたどり着いていない。
こんな時には、町の老舗の本屋に駆け込むに限る。なんとか、Coiffardとい名前を聞き出した。

探していると、可愛らしいけれど、小さな店の構えに意表をつかれる(写真―a)。
よく見ると、狭い通りをはさんで、対面して本店が控えていた。満足。
天井まで木製の書架がキリッと立ち上がり、気持ちが良い。
まずは、店内をうろつく。何でも手にとって眺める。至福の一時。

よく働く、いかにもインテリそうなおばさんに、「橋の本ありますか」と尋ねる。
つい出でに、「ナントのガイド本も探しています」と付け加える。通じているだけで感動。
即座に「ナントの橋」と「ロワール河の橋」を出してくれる。
アグラをかいて座り込み、1時間は読んでいた。
日本にこの空間がない。座る場所ではない、積み上げられた何かのある広がり。

横に、「読書する女は危険である」という題の豪華本があった。
絵画に登場する本を持った女性のアンソロジー。題も良いし、絵も楽しい。解題がしゃれている。
欲しいが重い。自分が馬鹿ではないかと思う。本を目方で決めようとしている。
そして、あきらめる。本当に人間が小さい。橋の本とナント・ガイド5冊を買う。

帰る途中、映画館のある広場に出る。実は、ナントには家族5人で旅行したことがある。
その日私と長男は、北上し吊橋の写真を撮りに行った。私のナビをするのは一仕事。
それを嫌った3人は、お城を見物し、映画に行ったらしい。夕方合流したら、長男も行きたいと言い出した。仕方なく長蛇の列に並び、二人で「ジュラシック・パーク」を見た。
思い出の場所を横切り、走って帰る。町の謎解きをしなければならない。


a)Coiffard 新店舗前。
b)映画館前の広場(FNACを背にして写す)


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2007.04.29   26日(木) サン・ナザール再訪


これは全くの偶然だが、サン・ナザールへ行くのは、初めてではない。
最初の海外旅行は27歳の助手の時、ドイツの斜張橋調査が目的だった。
何とかフランスに行くには、それなりの研修の理由がいる。
世界一の斜張橋なら文句はないだろう。中央径間404mがナント近郊にあった。
かくして無謀にも、小さな町の駅から橋まで歩いたが、中央までで引き返してきた。
つらい思い出ではあるが、懐かしい場所である。

7時50分大学出発。9時半到着。海辺の別荘地に分校がある。すばらしい環境。
土木系の学科はここにしかなく、選択で技術史の講義をコット先生が担当。
去年は必修だったが、不真面目な学生もいたので、
選択のほうが教え甲斐があるとのこと、いずこも同じである。
講義をする。最初の1時間は、コット先生が、マルク・スガンと「近代吊橋の誕生」。
後半は場所を変え、階段講義室で小林が「本四架橋について」。
にわか勉強が通用するだろうか。例によって、講義後の質問が相次ぎ、ヘトヘト。

何とか終わる。
ご褒美に、レストランLe France (この意味判るとフランス通)で魚料理をごちそうになる。
何かが、報われる。しかし、食い物で満足になると言うところが、我ながら情けない。

さて、明日から連休(火曜がメーデーで祝日)。
この場合「橋を架ける」という、不文律があって、月曜も休み。つまり4連休である。
問題は、せっかく入ったアパートでは、用が足せなくなること。全く誰もいなくなるらしい。
結局、市内のコット先生の単身赴任のアパートの住人となる。
今そのための準備をしている。慌ただしい。
しかも、この間彼は、実家に帰る。結局ここでも落ち着かない、仮の宿での一人住まいである。

未だに、こちらのアパートのセットも不十分なのだ。
「お願いだから一日一人で静かにさせて欲しい」といいたいが、我慢。

a)大学のアパートの玄関(色使いがしゃれている)
b)今を、書斎に改造中。我が家の台所よりずっと大きい。
  寝室2つに、居間+風呂+トイレ
  (10人くらい来ても泊まれます。ただし、21日まで)

追伸:Le France のヒント。
   かってQueen Mary という世界最大の英国の客船があったが、
これは実は、サン・ナザールで造られた。

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2007.04.29   25日(水) 自らを空しくして待つ


写真に人が出てこない。本当にフランスにいるのだろうか。暮らしを写す余裕がない。
この辺りの写真は、実は5月になって撮ったものばかり。

アパートは一人では広すぎる。部屋の床が冷たいので、スリッパがいる。
もちろん持ってきたのだが、パリのホテルに忘れてきた。
荷物を投げ込んだまま、部屋でもパソコンの設定や講義の準備をしている。
夜は、すこし肌寒いくらい。足が冷たい。

9時、オリビエ(技官、長身で物静か)に研究室でネットが繋がらないので見てもらう。
うまくいかない。30分中断(彼は静かにどこかへ消えた)。
この間、明日の講演「本四架橋について」のスライドが作れない。
私は付きっきりで、「ipというのがproxyのことだと思うよ」とか
「実行」はexecutionで、コントーロール・パネルは、タブロー・ド・ド・ド・と頭を抱えている。
彼が静かに、「おそらく、control panelじゃないか」と英語で言ったりする。
アパートからならネットに繋がるので、帰って橋の情報を取りたい。
また、うまくいかない。40分中断。

今度は2人で入ってきた、「数字は間違いないし・・」、とかいって再び出て行く。
次に、でかいプリンターを持って来るが、差し込む口が違う。
「USBならいけるけはず。」と私が言うと、「そうだ」といって、また消えた。

再度登場、「プリンターは印刷室のを使った方が良い、ネットワーク接続すれば簡単」といって、
ネットワークの接続が未だなのを思い出す。早速、センターに電話。誰も出ません。
Zut(残念!)という懐かしい音が響き、またどこかへ消える。
コリーヌが来て、コーヒーをすすめる。そんな休憩室があるのを初めて知った。
まずは自らを空(くう)にして、液体を胃に流し込む。待つこと・・・・数十分。

こんな調子で、午前中はつぶれたが、最後に印刷室のCanonのプリンターから、
日本語の文章が出てきたときには、「悲しみが深いほど喜びは大きい」という金言の意味を理解した。
何もしていないのに、普通のことが出来るようになっただけで、本当に幸せな一日である。

あとは、狂ったように、夜中の2時まで、本四架橋のスライドを作っていた。
「こんな事先に言っておいてくれれば日本でつくったのに!」と嘆いてはいけない。
総てがうまくいくような大学に私が招待されるはずがないのだから。
久しぶりにボスの下で粛々と働くのみ。

a)これが、 本日の大恩人 オリヴィエさん
b)こちらは、昨日の功労者 コリーヌさん


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2007.04.29   24日(火) インストールが終わらない。


結局、Lyonには繋がらないし、FTPもだめ、アクセ制限が厳しい。
家族への連絡は、GMALを使うことにする(パスワードを思い出すのに小1時間。中島、ありがとう!)。
大学のメールもWebMailという、HP上で使うもの。
総てを、HP上で処理し、世界中からアクセスは重要なこと。
kolgはそのために作られているが、その威力を再認識(堤、ありがとう)。

ほとんど徹夜だった。ネットワークもうまくいかないが、
いきなり今日の午後は、理学部・数学科数学史の学生相手に、
日本の技術の歴史を講義するように言われた。
リヨンの大学での経験がなければ、手加減が判らないだろうが、
そこは「任せなさい」でPPTを準備。
しかし、大変だった。

午前中は、市内の短期労働に関する証明書を発行する機関へ、
秘書のコリーヌさんに車で連れて行ってもらう(一仕事)。
更に、一ヶ月分の給料を入れる銀行口座を開く必要がある。
銀行に行くと、「過去3ヶ月分の、主要取引銀行の残高証明のフランス語訳を持ってこい」とのこと。
コリーヌと二人で、不可能な理由を、理路整然(外国生活では大事)と述べる。
ここで、コリーヌは時間がないとかで大学へ。
電車とバスの連絡を調べておいて正解。
大学では車ナシには何も始まらない。そこをあえて、公共交通で済ませたい。
口座開設には予約もいるので、来週来いとのことであったが、これも食い下がる。
交渉10分。何とか、口座を開くことができた(更に一仕事)。
リヨンにいたときには、銀行に3回通ったが今回は一発、大満足。

大至急、1時間かけて大学へ戻り、昼食をとって、
ジャン・リュック(姓は不明)先生に連れられて、
理学部数学科へ(町中の大変良いところにある。ここの教授にして欲しい)。
何とか、講義をこなし、夕方、コット先生と学食でビールを一杯。
慌ただしい一日だった。
未だに、生活のインストールができない。ただ、眠いだけ。

a)右の長い建物が事務棟、左が情報系の建物
  間に屋根があって、広い内部空間がある(アトリューム?)

b)内部を一番奥からとっている(左側に私の部屋がある)。
  夜は、管理人のおじさんがいるだけで、一人ぼっちになる。

  


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2007.04.29   23日(月) ようやく 大学へ


6時には目が覚めていた。9時まで待って、電話。
パリから数えて、8回目にコット先生と繋がる。
携帯は変えたらしい。自宅ではメールは繋がっていない。
土日はいずれにしてもコンタクトの方法がない。
彼も心配していたらしく、すぐにホテルまで迎えに来てくれる。
ようやく、大学に行くことができる。

ただし、今度は本当の「陸の孤島」らしい。
草千里のようなとことに、突然と大学群があるようだ。
全貌は判らない、とにかく、研究所に連れて行かれる。

コット先生が所長をしているのは、IHTというところで、
「人間と技術に関する研究所」と訳しておく。ここの、客員教授(1ヶ月)なのだが、
未だ、観光VISAなので、どうなるか判らない。

早速、部屋の鍵をもらい、事務局で書類の不備を指摘され
(「私のせいではない」と言いたいところ)、アパートの鍵ももらう。
山のように、人を紹介されるが、オリビエ、ジャン・リュック、コリーヌにアンといわれても、姓と顔が一致していないのに、
更にファーストネームとも関連づける必要がある。今の私には無理。

さらに、至急、情報センターに行く。さすがに、日本語でも、
どこに何があるか判っているらしく、小1時間でインストール完了。
総てが順調(ではなかったことは、kolgの掲示板ですでに周知のこと)。

更に、学食のカードは、これを使えと言って、F Chevalierさんの登録カードをくれる。
これに、20ユーロをチャージし、食堂へ。
夕方にはスーパーへ、買い物に連れて行ってもらったり、
晩ご飯を食べ損ね(学食は夜は7時から7時45分まで)、
開いているのは、郊外のMacのみ、あれほど食べ物にこだわるコット先生との最初の夕食ビッグマックとは大笑いである。

a)IHT の入り口
b)同じ建物の中にある、工学系の図書館の外観

http://maps.google.co.jp/maps?f=q&hl=ja&q=nantes&sll=36.5626,136.362305&sspn=32.284253,31.025391&ie=UTF8&ll=47.282177,-1.515995&spn=0.003348,0.007081&t=h&z=17&om=1
(三角の小さな建物がIHT、で2本長い建物が事務棟と情報系)


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2007.04.28   22日(日) 18時 TANに脱帽


電車に乗り疲れて、軽く体が揺れている。
すこし水辺を、歩くことにした。
「なるほど、そういうことだったのか!!」
ゆっくりと、系統図の全体を眺めていると、
NavibusというのとBusWayというのが目についた。

いま、目の前を通りすぎた船もTANなのだ!
では、4番線がバスなのも意味があるのではないか。
その通り、4番線は電車ではなく、バス専用路線。
通称、BusWay 早速、疲れも見せずこれ乗り込む。

バスは、お城の前をぬけ、ロワール川を越える。
まちは、ほぼ右岸にあるんで、初めて左岸に足を踏み入れた。
途中のバス停に降りてみる。橋梁のアプローチ部にあるので、
そのままエレベーターで下に行ける。
そこがまたP+Rになっているし、バスの乗り換えの場所でもある。

TAN 恐るべし! 
いや 今日のところはべた褒めし、脱帽するのみ。
船は来週に乗るしかない。
あとは、ご飯を食べるだけ。



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2007.04.27   22日(日) 17時 まだ乗っている


そろそろ、電車の顔をと思っている。
すこし引っ張りすぎて、出しにくくなっている。
まだ、載せたい写真もいくつかある。
原稿を書くのも結構時間がかかるので、
結局電車の全貌は見えそうにない。

さて、線路に芝が張ってる区間もあり、気持ちが良い。
基本的に車は、線路内には入れないので速い。
本当に、町の足である。
定期券の人が多く、一駅で降りる人もかなりいる。

電車の中は、この種のTRAMはほとんど同じ。
しかし、実際に車いすの人が乗ってくると、
フラットなのには感心する。
熊本のように電停まで行けないのに
電車だけUDという冗談話はない。

UDもまた、トータルデザインの別名であるべきだし、
景観設計とは同じ思想であるべきだ。
そうでない限り、このような一貫性は保証されない。
全体なしに、細部の充実などあり得ないのだ。



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2007.04.27   22日(日) P+R なるほど!


系統図を眺めていると、至るとことにP+Rのマークがある。
交通計画の先生たちが盛んに、自慢げにいってるヤツだ。
ただし、その経験を持っている人はそうはいないはずだ。
私は、Lyonでこれをよくやっていた。
地下鉄だったが、便利だった。

さて、TANのP+Rはそれを極めて組織かつ戦略的だ。
実際、郊外にでると、車ナシでは何も始まらない。
また、電車の終点からのバスの接続は、
よく考えられてはいるが、頻繁に来る電車に比べ、バスの本数は少ない。このような結節点に駐車場があるのは正解だろう。

a)郊外の駐車場
b)町の近くの立体駐車場の入り口。


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