空間情報デザイン研究室
空間情報デザイン研究室 小林一郎
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2007.05.26   Le Corbusierのアパート


マルセーユが有名だけどナントにもある。
「ルコルビュ」という名前は、いえそのものを意味し、
バス停の名前でもあるので、街区をも指す。

私は基本的に建築に興味がない。
寺院等の大規模建造物は土木の仕事だと思っている。
これは熱心に見て回る。

しかし、家には興味がない。
従って、著名な建築を訪ねることはまれだ。
Lyon に住んでいた頃、建築好きの人が何人か、
私に、ラ・トゥーレット訪問を強く望んだので、案内した。
「ついでにロンシャンも」といわれ、遙かスイス近くまでドライブすることとなった。どちらも、数回は訪れることになった。

私は、ルコルビュとは寺院建築の専門家と思っていた。
そして、聖堂好きの私は、そのような建築家に近親感を持った。

そして今日の再開ということになる。
残念ながらそれ以上の感激はない。
私にとって、彼は依然として、二つの寺院を建築した人である。




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2007.05.25   ミクロ・バス と 小TAN と 検査


ミクロバスは電気自動車で、
Naviバスの港と大型スーパーの間を往復している。

先日はじめて、検査に引っかかった人を見た。
黒人女性で、乳母車を押してtramに乗っていた。
私が電車の乗ろうとしたら、みんな別の入り口に移ったので、
変だなと思ったら、まさに彼女に違反切符を切っていた。

別の日も、tramが駅に滑り込んだら、数人の人が、
どっと降りた。入れ代わりに検査官が入ってきて、
切符のチェックを始めた。この時も、黒人の女性が、
文句を言いつつ、切符の検印をしていた。

1時間はあっという間に立つので、切符1枚で往復は難しい。
こんなために、Ticket DUOというのがある。
一枚の切符で、二人分というのがその趣旨。
カップルで移動する国らしい発想だ。

そこまでは、すぐに理解できたが、
もう一つ機能があって、一人分の往復券にもなる。
つまり、2回検印・刻字ができる。
よく考えられている。

くどいけど、人口は熊本のほうが少し多いくらい。
要は、トップに近辺に賢くて実行力のある集団が存在するか否かだ。
やればできることがいくつもあると、つくづく思う。




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2007.05.24   噂の広がり方


二回目のTAN「乗りまくり」をやるつもりで、11番のバス停へ向かう。
バスが来ない。急にTANの小型車(小〈こ〉TANと勝手に命名)が、
やってきて、電気系統の関係で通りが封鎖されたので、22番に乗りなさいとのこと。
軽い動きで次のバス停へ。すばらしい機動力だ。
この車をよく見かけたが、こんな機能もあるのだと了解。

さて、おばさんにくっついて、22番のバス停まで歩く。
彼女は、面接に間に合うかどうか、少しパニック気味。
そんな話も上の空に、婦人警官の颯爽たる姿を写す。
おばさんは、私を無視して、向こうへいってしまった。

婦警さんにも、にらまれて、小走りにおばさんを追いかける。
それにしても、カッコイイですね。
バス停に着いたおばさんは、そこにいた二人の老婦人に、
「あそこで、事件があって、警察や消防が・・・・」と話す。
彼女たちも、近くの人になにか話し始める。

今やってきた、飲み屋のお姉さんみたいな人が、
「そういえば、別のところでも、消防が走っていたわ」
かくして、瞬時に小事件は大事件に変わった。
皆、バスに乗ったので、一気に町に広がるのであろう。

それにしても「小TAN」と「婦人警官」は
姿が遺憾なく機能を表し、かつ美しいという点で、共通している。

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2007.05.23   堅信 


この年になって、このような日本語があることを知った。
ただし、宗教上の深い意味は、どのHPを読んでも理解できない。
簡単に、青年になるために式だと考えよう。
教会に潜り込んで、式に参加。子供達の名前が、次々と内陣に響き、
歌を聴いているように心地よい。

教区によってやり方も、年齢も一律ではないらしい。
生まれてすぐの洗礼の式からこの日までが、いわば準備期間。
これを境に(あるいは自覚的に)キリスト教徒になるらしい。
しかし、そんなことより、年齢が重要な意味を持っている。

やっていることは、七五三ににていると思うが、こちらは12才。
写真の子供達が少し幼い気がするので、確かめると、
「もう少し小さいのでは」とコット先生、
「私の子供と同じくらいだから、11か12でしょう」とコリンヌさん。

日本のお祝いは、いってみれば、親の楽しみでやる着せ替え人形。
子供達にとって、年齢にいかほどの意味も持たない。
一方こちらは、本当にこの時期でなければならない。大切な年齢。

思春期とは単に、肉体が劇的に変化する時期をさすのではない。
相関は当然あるが、むしろ、精神的に子供とは違うものになる時期だ。
小学校の高学年。私が「死」とか「仕事の意味」とかを考え始めたのも、この頃だった。
この時期を祝ってもらえる子供は幸せだと思う。

時計とか万年筆をプレゼントされ、ご馳走を食べるらしい。
人生の階段を確実に一段登るのだという意識が、幼い表情の中にも伝わってくる。
日本も早く、七五三だの成人式などという、馬鹿騒ぎをやめ、
静かに青年になる日を祝う習慣ができれば良いと思う。

それを子供達にしてやれなかったことを残念に思っている。
18才までが青年で、それを過ぎれば、大人に決まっていのだから。




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2007.05.22   余滴 3)天使降臨 9時30分

CUB(別の町のバス)+クイズ(何屋さん?)
CUB(別の町のバス)+クイズ(何屋さん?)
1)まず、英語ができるかを聞く。
2)次に、クラッチをフランス語で何というかを教えてもらう。
3)そうして、それをフランス語で尋ねる。

一台の車が、横を通り過ぎ、向かいの駐車場に入る。
「あそこなら簡単にでられるのに」とボンヤリと考えていると、
彼は、私の前を通り過ぎていった。説明書を見るのをやめ。
外に出る。はじめて、車の外見を眺める。

そこへ、赤いルノーが入ってきた。皮のジャンバーに黒いジーンズの女性が降りてくる。
早速駆け寄り、
「すみません、あの車を出したいのですが、やってもらえませんか。」
あれだけ予習したのに、瞬時に出たのは全く違う言葉だった。
いや本当はなんといったのか、覚えていない。しかし、彼女には伝わった。

こんな質問をするのは、「運転できないか、オートマ運転者しかいない」はずだ。
しかも彼女は瞬時に、私が前者ではないことを理解した。
「これオートマチックじゃないからね・・・」と自分から話しかけ、
キーを受け取ると、車に乗り込み、軽やかに車をまわした。

ずっと私のやっていることを見ていない限り、
これだけ手際よく車が出せるはずがない。普通の人間には無理なはずだ。
私の感謝の言葉を背中に受けて、彼女は颯爽と去っていった。


大至急、運転の練習をする。すべて順調。
先日買ったCDをセットし、9時半出発。
気合いを入れ直し。1時間遅れで、大渋滞の高速に突っ込んでいった。


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2007.05.21   撤収


朝から荷造りをする。帰りは本で重くなりそう。
朝食後、台所の周りだけ掃除をする。
10時からFlorant君と彼の学位論文について意見交換。
12時半には昼食を済ませ、本格的な掃除。

16時の検査のために10分前から待つが誰も来ない。
管理人さんに、どんな感じか聞いてみると
「部屋もベッドもキレイだね、担当の人を呼んできたあげよう。」
と、言ったきり誰もこない。こちらから事務室に押しかけると、
検査は良いので、支払いをしてくださいとのこと、気が抜ける。

コット先生から預かった小切手で支払い完了。
研究室にすべての荷物を放り込む。
報告をコット先生に確認してもらい、一件落着。
学食で、晩ご飯を食べながら、ようやく二人で話す。

彼の「技術進化論」と小林研の「古構造学」はどこか似ている。
もともと同じような考えなので、そうなるのも当然かもしれない。
お互いに、いまも何かを考えていることを確認する。

気がつけば8時。きっと駄目だと思うが、
彼は、8時半から警報が鳴るので、大丈夫といって鍵を開けるが、
開きません。今回は文字通り「すべて研究室の中」
仕方なく、彼のアパートへ引き上げる。

歯ブラシもひげ剃りもパジャマもないし、
写真もないので、運河の写真をUpする。

a)レンタルのボートでバカンス中(会話はスペイン語)
  船は、二つの閘門の間に入り、運河のレベルまで水を入れる。


b)跳ね橋を通行止めにして、回転させる。
  船は徐々に上昇し、閘門が開くと、運河に消えていった。

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2007.05.21   余滴 2)クラッチはどれ? 9時10分

207登場+昼食紹介
207登場+昼食紹介
まず、深呼吸をし、説明書を見る。索引でフレーン(ブレーキ)を探す。
あるのだが、エンジンとの連動がどうのこうのと書いてあるらしい。
大事なことは書いていない。大体、車の説明書なのだから、
ドアの開け方から書くべきだ。3つのペダルには矢印で、
どれがブレーキかを示すべきだ。が、そんなものは書いていない。

少考。「ブレーキが判らなくても、アクセルが判ればいい。」
我ながら、かなり良い発想の転換だが、そんなフランス語は知らない。
3つめのペダルは何だったか。すべての、絵を見るが判らない。
GPSだのエアーバッグだの、動き出してからのことしか書いていない。

小雨が降り出す。私の横を一台の車が通り過ぎていった。
連休の朝は「お客さんでものすごく込むから」と受付のおばさんは言ったのに、まだ、一台しか出ていなが、
次の車が出る前に何とかしないと、高速は込み始めているはずだ。

そうだ、人に聞けば良いのだ。かなり余裕が出てきた。
しかし、「クラッチ・ペダルはフランス語でなんと言いますか」
というのをフランス語でどういえばいいのだろう。
クラッチ・ペダルがフランス語でいえれば、何とか質問できそうだ。

既に9時を10分過ぎている。

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2007.05.19   余滴 1)車を出す方法 8時40分

潮干狩り+ホテル
潮干狩り+ホテル
駅の南口にあるAvis の事務所が開くのが8時半。10分前には着いて、周辺の道を確認。
市内の地図買い、道順も調べてある。帰りの経路はかなり複雑。
最初の難関は、いかに北上するか。町中を通り抜けるのはうっとうしい。
東へ抜け、高規格の外周道路を廻るのが正解。

準備は万全である。
1)ガソリンの種類を確認(近くのガソリンスタンドの位置も大事)。
2)車を出すときと返すときの道順を確認(一方通行が多い)。
3)走る前に、バックの入れ方とか車のボタンは確認しておく。

一番乗りで窓口へ。受付の女性はさも自慢げに「Peugeot 207です。4ドアよ。」
私は、一体どこを自慢しているのか判らないし、2ドアを希望したのに・・。
「新車ですので、保険加入しておいた方が良いです。傷一つないんです」
既に旅行保険に入っているので、断るが、何かが頭の中に引っかかる。

キーをもらい。契約も万全。8時40分には出発できる。駅裏の広い駐車場で車を探す。
ない。まさかと思い、壁ぎわの3台の縦列駐車にキーを向ける。
真ん中の黒い車のライトが鈍く光る。出すのが面倒そう。
壁にも前後の車にもさわらないようにしないと行けない。
なにせ、「傷一つ」ないのだから。

エンジンをかける。急に前に動く。バックに入て体制立て直し。エンスト。
左にイッパイハンドルをまわし、再び挑戦。前方の車に当たりかけのところで、手ブレーキをかける。
左ハンドルのイメージトレーニングは完璧なのだが、マニュアル車は久しぶり。

3つのペダルの真ん中がブレーキのはずなのに、どうして動くのか。
まさか、左がブレーキと言うことはないはずだ。
人は、何かを思いこむと、すべての常識を捨て去ることができる。
「左がブレーキか」これを車を動かさずにどうやって確かめるか。

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2007.05.18   石の国を訪ねて 4)究極の石積み


Quimperの町を歩く。どこからでも、2つ並んだ尖塔が見える。
この軽やかに、空に浮く塔は、石でできているということが実感できない。
中の大空間がまた、石でできた森だといわれても、
その圧倒的な高さとステンドグラスから溢れる色の氾濫が、
我々に考えるという行為をさせない。聖なる何かを感じさせる。

しかし、そんなことよりも、外見のこの技の限りを尽くした、
石の表情を見るといい。無名の人間でも、生きた証を刻むことができる。
いや、自分の世代では結果の見えない仕事を人に託す「勇気と信頼」との証がここにある。
我々は何を学ぶべきなのだろうか。 命は短く、技は長い。

a)ブルターニュ一の大聖堂:
  端正な外見に比べ、内部は歪:コントラストが面白い。
  
b)Vannesの城壁;結婚式の集合写真
  寺院と比べればあっさりした石造建築の例。
  花々と石造がそれぞれの方法で、変わらずにあるものを示す。
  人々はそれらを背景に、「一瞬」を永遠に定着させようとする。
  

  

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2007.05.17   石の国を訪ねて 1)古代人の偉業


Carnac とLocmariaquerを訪ねた。
前者は、何故か日本でも名前を知っている人が多い。
しかし、こちらで写真等を見ると、後者のほうが面白そう。
ドルメンとかメンヒルとか、昔、世界史か地理かで習った気がする。

感想を書き出すと、時間がかかるので後日

ただし、石はまず聖なる行為の証として存在という点が興味深い。
暮らしへの利用は、その後の話なのだろう。
縄文もまた、巨大石造文化だといえる。同様な共通点があるのだろうか。
この時点まで、日本も石の国だったはずだ。何が両者を分けたのだろうか。


a)Tumulus:石で覆われた墓石
   中にはいると石室があるだけだが、
   太古の空間を実感できる。
   人間の造った空間が、何千年かの時間生きていいる。   

b)カルナックの列石
   圧倒的な量の石が並んでいる。
   こちらは、土木的な規模で、人間の営為を示す。
   行為の結果が、我々に建造の起源を語り始める。

    




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2007.05.17   石の国を訪ねて 3)地の果ての石と石


フィ二ステール(地の果て)という県名の土地がある。
そして、この先は大西洋という岬がいくつかある。
その中で、絶景と太鼓判を押されているのがRaz。
水平の彼方には、アメリカ大陸が広がっている。

何かが終わるところでは、何かが始まるといわれてみても、
フランスの西の果ては、自然しかない。
気ままに姿を変える雲と激しく砕ける波。
自然とは、かくも巨大に動いているのかと嘆息する。

a)ここもまた、石の世界

b)岬の先端の石造:遭難者を見守るマリア像

 手付かずの石塊と人工の石像が、
 石の国の両極をそれとなく教えてくれる。 


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2007.05.17   石の国を訪ねて 2)石の中の暮らし


中世の町をさまよう。霧に覆われ、石積みしか見えない。
本当に、別世界に迷い込んだような錯覚に襲われる。
広場の石畳も、道も、家も、瓦までが石でできている。
この小さな世界で、人は、生まれ、暮らし、そして、死んでいった。

建物の1軒が、ケルトの本屋という看板を出していた。
橋の本がなかったので、ケルトの歌のCDを買った。
耳に馴染みのない、独特の発音の歌が車内に流れ続ける。
どれも、どこか寂しげである。

旅の目的は、石橋探訪ではないが、
どこに目をやっても、石に見守られた暮らしがある。
地の果てブルターニュもまた、石でできた国なのだ。
クレープにリンゴ酒という質素な料理が、私をもてなす。

a) Locronan:いわゆる伝統的建築群の町。
       夏は観光客で身動きが取れなくなるらしい。

b) Josselin:スレート(石版)の屋根瓦が続く町並み。
       小さなの教会で、心温まる行事を見た。
       これも、後日報告。


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