空間情報デザイン研究室
空間情報デザイン研究室 小林一郎
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2007.05.09   やってしまった。


今日の午後は、工学部の国際交流委員長との意見交換。
明日は、サン・ナザール(土木工学科はここにある)で、熊大土木の研究活動の紹介。
明後日は、研究会。最後の山場だが、三角西港のPPTの内容が固まらない。

コットはいう、「歴史的なことはいいので、評価についてまとめて欲しい」。
「初めから、そういえば熊本で作ったのに」と同じ言葉を今日も飲み込む。
部屋代も稼がないと行けないので、黙々とアブストラクトを一枚にまとめ、印刷する。
気がつけば、19時15分。これが、まずかった。

「読んだら、メモしてドアの下に入れておくので、食事に行きなさい」。
そうだ、7時45分には食堂は閉まる。食堂の写真でも撮っておこう。
「おみやげ」には、この宿堂のことでも書くとしよう。まだ余裕がった。
あとは、12時まで時間はタップリあるので、明後日のスライドも完成するだろう。

IHTの入り口に着いたのが、8時2分。外はまだ明るい。ドアが開かない。
20分間誰か出てくるのを待つ。しかし、建物の内も外も人の気配がない。まだ楽観的。
アパートのお隣さんは管理人。鍵を借りに行く。駄目かもしれなとい思い始めた。
「8時以降は、入るとアラームがなるから無理だよ」、「電気切るとかで来るでしょ」
「俺は知らんから、明日の朝、受付の人に聞きなさい」型どおりの話をする。
誰もが、部分をしか担っていない。知らないことは全く知らないし、駄目は駄目だ。

メモもパソコンも、すべてが明日の朝8時まで、忽然と消えてしまった。
要するに、何もできない。明日は朝から汽車に乗るのに、資料がない。
明後日のPPTはいつ作れというのか。一気に、血の気が引いてしまった。
仕方なく、部屋に帰り、ビデを見るか、音楽でも聞くことにしょう。
しかし私のデッキ (パソコン) はあの部屋にある。そんなことも解っていない。
ネットで、汽車の時刻も確認できない。「ああ、脳みそのどこかが壊れかかっている」。

まあいいか、ワインを煽って、風呂に入って、寝るしかない。


a) シェフのおすすめ(この時まで、充実した一日だった)
b) レジの様子(いまだにシュバリエで精算している。誰も気にしていない)



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2007.05.08   戦勝記念日


第二次大戦の戦勝記念日。シラク大統領最後のお目見え。
シャンゼリゼをコンコルドからジープで上っていく。行進も続く。
行進は革命記念日でも、ツール・ド・フランスも、凱旋門から下る。晴れ舞台。
しかし今日は、丘の上(凱旋門)の墓所に反対方向から進む。制度も風景も巧み。

A・アレというユーモリストの作品の中に、「イギリス人は不思議だ。ワーテルローでも、
トラファルガーでも、負け戦の場所を、町の至る所につけている。」というのがあった。
(フランス人がイギリスを訪問した感想)。

今日は戦勝記念日だが、本当にフランスが勝ち戦だったのか、と思ったりする。
夜には「史上最大の作戦」をTVでやるが、英米軍しか活躍しないはず。
不思議な国民である。とにかく強気で、芝居がかっている。
しかし、国のために亡くなった人たちを心から悼むというのは、国民として当然。

日本は自虐的で、敗戦記念日を祝う。「誤りは二度と繰り返しません」とまで言う。
これも、不思議な国民ではある。フランスの国防省管轄の大学が、理工科大学。
理系の秀才はここに集い、軍人としてシャンゼリゼの行進にも出る。
我が国では、防衛大学生が羨望のまなざしで見られることはない。
戦没者の墓所さへ、国営ではないらしい。日本は死者を称えない。

今日は、寒くて小雨、外出する気にもならない。散歩は中止し「遠すぎた橋」を見る。
それ以外の時間は広過ぎる居間で、インストールと撤退作業を同時にやっている。
軍人つながりで、先日行ったカンブロンヌ広場(cours)の写真を2枚。
Cours というのは道のように長く並木を持った広場のこと。本当にナントは公園が多い。

a) 確かに並木通りのような公園(夜間は鍵がかかる)
b) お屋敷
  ここのすごいのは、長四角の土地に、広場を作るに際し、
周辺の建物も一体化して作っていること。ベランダで食事をすれば、爽快なはず。
昼間は公共空間で、夜間は眺めるだけではあるが、住民ものになる。

カンブロンヌの一言については各自調査のこと。

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2007.05.07   暗い月曜日

Salle Capitaine Nemo, Salle Pierre Arronax
Salle Capitaine Nemo, Salle Pierre Arronax
5月7日(月曜)
寒い。8時の気温が14度、最高でも17度、午後は小雨。冬の日を思い出す。
まさしく暗い月曜日。しかし明日は休み。学食は閉鎖。昼食は自炊。

コット先生と銀行に行く予定が、銀行は土曜が営業で月曜は休みとのこと。
21日(任期満了)にむけ、活動開始。まだ、何もしていないのだが、
フランス人とRDV(ランデブー、打ち合わせ)をするには、2週間は必要。
部屋は転居前の検査があり(壁に大穴あけたり、冷蔵庫がなくなったりするらしい)、
直後に事務局の口座に、部屋代(500E)+査定額(当然0E)を振込む必要がある。

私の口座は開いたばかりで、カードもまだない。銀行に取りに行く必要があるし、
金は入っていない。そこで、コット先生が、小林の口座に上記の額を予め振り込む。
小林の口座に入金があったら、即座にコット先生に返済するための、手続きも必要だ。
といったことが、問題になっている。一方まだ、洗濯機の使い方が解らない。
電子レンジの加減もはっきりしないので、パンを焦がしたり、大変。

さらに、22日からどこに泊まるかとか・・・これ早い話が、調査旅行計画。
ブルターニュ地方の石橋調査やカルナック(FF5ではない)等にも行きたい。
一人でドライブするのは久しぶりなので、無理な計画は立てられない。

研究室で観光地図を広げるわけにも行かないので、フランス文化省の歴史的モニュメントの
HPを見ているが、ものすごい進化だ。橋と名の付くものだけで1000件ある。
15年前には、DRACという保存関連のお役所に行き(RDVに1ヶ月かかった)、
台帳をから、橋と名の付いたものを総べて抜き出し筆記した。若い頃は頑張れた。

それにしても、昨夜のTVは面白かった。コンコルド広場では、
勝ち組のお祭り騒ぎが映し出され、最後に新大統領(まだ候補)が、
演壇に立ち、「歴史的なこの場で・・」と、1万5千人の聴衆を前に挨拶。
M.マチユ(演歌の女王)が、血なまぐさい国歌を熱唱。観衆の興奮が伝わってくる。
広場は、国歌にふさわしく断頭台のあった場所。フランス政治の聖地の一つ。
一方、若者は荒れた、バスティーユ広場では、警官隊との衝突で流血。これも聖地。

政治の季節はひとまず終了。

a)ボス登場(コット先生:会話の時はミシェルと丁寧に発音しているのに、
   彼らは私のことを、イシゴと呼ぶ。いつものことなので許している)

b)これがIHTの講義室の名前(写真の下の名前が部屋名)。
何のことか解りますか。ナント生まれの作家


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2007.05.06   06日(日) パリはわき返る


テレビをつけたらいきなり、Sarkozy 当選の特集をやっている。
速報では、53対47。世論は見事に割れた。が、勝ちは勝ちである。
彼の乗る車に、15台近いバイクの報道班が群がり、移動の様子を写している。
いま、彼は、結果を確かめ、シャンゼリゼ近くのレストランで夕食中である。
16日から大統領職に就くらしい。

今日はそういう日だった。私は、一日家にいて、洗濯をしたり、来週の準備をしていた。
さすがに籠もりっきりも、良くないので、17時頃1時間ほど、周りを歩いた。
森である。もっとも偉容を誇るのは、鉱山学校の建物。
航空写真でないと全貌がつかめない。とにかく大きな大学だ。

ここの食堂で毎日、昼食を取っている。近くの大学の教職員はみんなここに来る。
大学のロビーにはデパートの受付のような場所があり、美人の受付サンまでいる。
ナント大学の工学部にも食堂はあるが、学生専用とかで、行かない方が良いと言われた。
一度、確かめに行く必要がある。

さて、フランスの大学を複雑にしているのは、各省庁が大学を持っていることだ。
考えてみれば、防衛省に防衛大学があるのだから、国交省が国土交通大学を創ればいい。
国家に必要な人材は当該省が責任を持って教育するというのは意外なことではない。
一昨日、食券のチャージに行ったとき、模型のあるのを見つけた。

立派な模型を造り、大学の将来計画を立てる。それが、実現したら、ロビーに飾る。
フランスでは良くあることだろうか、
リヨンでもナントでも私の関係した大学にはない。


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2007.05.05   05日(土) 建売住宅


スーパーに行くのに、バスで行くのも能がない。行きは歩くことにした。
E –Leclarcに行く。映画館はないが、ダイヤモンド・シティの小さなヤツ。
結構大きな本屋が併設されている。小型のツタヤが付いていると思えばいい。
ロッテリヤに当たるQuickというのもあるし、近くのレストランは7/7。
感激したのは、トイレが無料で、日本と同じくらいキレイだったこと。

丁度1時間かかった。長袖シャツにジャンバーで後半は汗ばんできた。
歩いた理由は、実は、途中に、Grange au Loup という通りがあるからだ。
この通りの「名付け」はフランスでも、例がないはず。
Barbaraの絶唱では、ナントのこの通りの25番地に病院があることになっている。
みんなが、その場所を探した。しかしこれは、歌詞の上で脚韻を踏むための技巧。
そんな場所はなかったのだ。

ところが、新興の住宅街ができ、その真ん中を通る道に名前を付けることとなった。
通りの名は、普通、有名人の名前、海外の地名・人名、歴史的な出来事等に由来する。
気の利いた町長がいたのだろう。この町を世界中に知らしめた名曲の、
作者の名前ではなく、まさに、架空の通りを現実の道に命名した。
しかも、その命名式に、作詞家・作曲家であり歌手でもあるBarbara本人が招かれた。

いつか機会があればこの場所を尋ねたいと思った。
予想に反し、並木のあるモダンな(つまりどこに出もあるような)通りであった。
6階くらいのアパートが、狭い道の両側を埋め尽くした古い町並がいつも私の中にはある。
しかし、今日はそれを確かめることが目的ではない。
この、粋な名付けの道と町の様子を垣間見れば良いだけ。
意外だったのは、建売移住宅が並んでいたこと。日本と同じ。みんな郊外に住みたいのだ。

a)通りは、各自想像してください。
b)この写真で気に入ったのは、窓の手すりの色と入り口のドアの色を同じにしていること。
 さらに、各家の色が変えてある。

注:7/7は、7日間に7日営業ということ。
  「年中無休」という日本語の方がはるかに美しい。
  

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2007.05.04   04日 ゴミ2題


不覚にも8時まで寝ていた。時差解消という意味では歓迎。
4分で研究室に着くので、8時半には研究室へ。冬のように寒い。
今日は、14時から、建築系の研究所の所長とあう。
(結果は、土木では星野先生には興味がある様子。技術者・建築家と紹介しておいた。
都市計画系のGISや光や音のシミュレーションの
研究をポスドクでやる気があるなら雇うとのこと)

途中、ゴミ収集車が来ていたので、一枚。大学でも、a)ビン、b)紙類は別のゴミ箱に入れる。
それ以外は、この箱に投げておくと、機械的にどんどん回収してくれる。
これだと、ゴミ回収作業は苦しい仕事ではなさそう。
これは、各家の前においてある。それ以外は、街の角かどに回収の箱がある。
ビンは10年前もあったが、紙やペットボトルは最近らしい。

もう一枚の写真は、先日散歩中に発見した、行き止まり残地のユニークな使い方。
こちらでも、こういう場所は、看板が設置されたり、
変圧器のような設備がおいてあるのが普通。
これは、犬のトイレ。公園に中にこれがあるのはいくつか見たが、この場所ははじめて。
ただし、ナントでも道に至るところがトイレになっているのが現状。

さて、火曜日が祝日だったので、3日行ったらまた休み。私には都合が良い。
が、学食が休みになるので、あすは、バスから電車に乗り換えて、買い出し。
TANをべた褒めしたが、郊外に出ると、車しか役にたたない。
結局、都市に群れて住むための心地よさをさらに工夫しない限り、
フランスでも、郊外の巨大スーパにすべてあるので、スプロール現象は避けられない。


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2007.05.03   5月1日 スズラン祭


この日が大切なのは、労働者の祭りであることだが、
フランスでは、スズラン祭の日でもある。これがあるからこの日が大事。
中世からの習慣らしく、男性から女性にスズランを送る。
ケルトの言い伝えでも、スズランは幸せを運ぶ花らしい。

スズラン舞踏会というのもあるらしい(そんな本を読んだことがある)。
その舞踏会には、両親は出席できず、娘たちは白のドレスで会場に望む。
男性は、燕尾服の襟にスズランをつけて踊る。ま、そんなことはどうでも良い。

この日は、車を持っているか、町中に住んでいれば結構楽しい。
特に今年は、選挙運動中なので、両派の支持者が大規模な示威行動をしている。
が、車のない私は、コット先生の家で、じっとしている。いまから、夕方の散歩。

最初にこの日をフランスで過ごしたのは、93年だった。まだ家族も来る前で、
ようやく、食器や家具を買いそろえた頃だった。どこにも行けないことを初めて知り、
バス停から、戻ってコーヒーを沸かしていると、誰かがドアをノックしていた。
押し売りだろうと思いつつドアを開けると、小さなアラブ系の少女が立っていた。

手に何か白いものを持っていて、買ってくれと言う。柔らかく拒否し、ドアを閉めた。
柄の悪い地区で、郵便受けへの放火事件が相次いだ。家族で住むところではない。
コーヒーを飲み終わった頃、思い出す。「あれがスズラン売りか!」
急いで探したが、会えなかった。最初のスズラン祭の少し苦い思い出である。

パリに一泊したが、失職中らしい人が、駅前や夜の繁華街で早々と売っていた。
リヨンでは子供のお小遣い稼ぎだと言われていたので、すこし戸惑った。
今朝パンを買いに行ったら、パン屋の店先で老夫婦がテーブルに並べて売っていた。
今も街角で売っているのを見かけた。ナント風なのだろうか。
写真撮影の許可を求めたら、おばさんはポーズを始めてしまった。

最近の花屋の傾向は、スズランに彩りのある花を合わせて花束にするそうだ。
この日の朝、男性が森に入り、スズランを摘んできて好きな人に渡すという話は、
日本ではよく聞くフランス話であるが、未だにそれを確認していない。

a)ポーズするおばさん
b)街角のアールヌーボーな薬屋さん。
 (左側の表通りは19世紀風、右手の通りの中は、もっと古い)

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2007.05.03   討論:言葉の戦いとは、美しいものだ。


昨夜、フランス国民が楽しみにしていた、大統領選のTV討論があった。
結果が出てからでは、面白くないので、先行掲載。
4月22日に、1回目の投票があり、上位2名が選出された。
右派のSarkozy 31%と左派(社会党)のRoyal 25%が残った。
中道のBayrou 18%の票をどちらがより多く取るかが、この2週間の課題。

この出来事の、だだ中にナントに来たことになる。
町を歩くと、両者の看板が列んでいる。
右派は、外国人の労働者の締め出しや、荒れる若者に強い態度で臨む。
看板を見ても、Sarkozy への反感はかなり強い(どれも顔がない)。
ただし、全体的には、フランスは右傾化しているのだろう。
この2,3日の新聞や雑誌の論調は、「Royal逆転か?」である。

それは初の女性大統領への期待も含んでのことのように思う。
このような状況で、昨夜、二人の直接対決があった。
夜の9時から2時間半。両者とも大変美しいフランス語なので聞きやすい。
残念ながら、政治の仕組みを知らないせいもあって、半分位しか意味が通じていない
(帰ったら、フランス語の勉強を再開しなければ・・)。

さて、昨日の結果だが、
現状で過半数を制したと伝えられるSrkozy は戦術的には守れば良いだけ。
一方のRoyalは、どうしても攻撃重視でいくしかない。
Srkozyはゆったりと丁寧に応対し、
Royalはそれに、割って入ったり、制限時間を超えても喋り続けた。
過激で堂々たる論陣に見えたが、すこし余裕のなさが透けて見える。

それでも討論自体に勝ち負けをつけるなら、
私は敢えて、Royalの勝ちと判定したい。
討論とは、理性と情熱の混合した表現形式だと考えている。
もちろん大統領選の流れを逆転出来たかといえば、及ばなかったと思う。
Sarkozyが大統領になるには、大幅減点がなければいいし、その様に事を運んだ。

昨夜の討論は、良い意味で楽しい見物(みもの)だった。
まず日本の女性の中で、2時間半もの間、
堂々と論陣をはれる人が何人いるだろうか。
男性でも無理かもしれない。言葉の国の大統領とはこれ程に論客でなければならないのだ。
日本の政治家が彼らに出会ったら、あまりのレベルの低さに無視されるというのは本当に違いない。

Royal の知的で攻撃的な様子が、その風貌とともに強く印象に残った。
フランスの政治は変わりつつある。
が、大統領選の結果はそうはならないだろう。


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2007.05.02   一本柱(途中)


「一本柱私論」

究極のバス停はこれだと思う。
@まず簡素である。
   →このためには、多くを削る必要がある。

A必要なものはすべてある。
   →しかし、本当に必要なものはすべて残さなければならない。

両者を調停し、ぎりぎりをねらうことこそが、設計であると思う。
文章を練るというのも結局はそういうことだろう。

日常にある具体例がこの「一本柱」である。

デザイン上、大切なのは棒の分節ということだろう。
0)不動性をしめす機能
1)支えるという機能
2)読ませるという機能(時刻表など)
3)示すという機能(看板と色)

まずこの棒のすごさは、地面に埋まっていることだ。
つまりきっと見えない棒(0番目の棒)があることで、移設不可能であることを示す。
つまり、不動性が普遍性を導き、この交通システムへの信頼性を勝ち得ている。
熊本のはコンクートの靴を履いてどこにでも移せる。
柔軟性を示しているといえば聞こえが良いが小賢しい商人の知恵に過ぎない。
公共であるとは、不変であることを公言することだ。
それはしかし、徹底した設計の練り直しの上にしかできないことだ。

次に、下半分は強さを示す必要がある。強さもまた、信頼性に繋がる。

真ん中は、バスを待つ人を心地よく迎えためにある。
示された、内容のすばらしさはすでに述べた。
過不足ない表示には、ふるい落とされた余分なものとそれに費やされた時間を読み取ることが出来る。
そのこと自体が美しい。設計とはかくあるべき。

上の看板は90度方向を変え、遠く道を往来する人に、この棒の存在を示すことで、
ここにバス停があるとこを知らせる。だからほかの方向を向く必要はない。

さらに程よく区切られた緑の輪が、町中に張り巡らされたTANという公共施設の
結節点がここにあることを、すべての方向に対して示している。

「妥協を拒む誠実」あるいは「断固戦う姿勢」それが練りに練るという行為だとして、
完璧に機能を果たしているこの「一本の棒」は、その様なものに思えるのである。
フランス中に普通にあるこの棒が、なぜか日本にはない。

ーーーーーーーーーーー
ここまで書いて、1)と2)が同じ方向を向いた写真を発見。
町中では周囲に合わせて、色も黒。
確かに、2)は利用者の状況や歩道の幅によって柔軟に対応すべきだ。
大筋の話は変わらないが、再調査しまとめる必要がある。



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2007.05.02   30日(月) 外周道路


日曜日はパン屋と雑貨店以外は休み。明日も同じ。
谷間の今日、どうしても食料を仕入れておく必要がある。
大半の店が、ビニール袋をくれない。みんな袋持参。
持っていない私は、ナップサックを空にして担いでいく。

近くのたばこ屋で新聞も買い。帰って食事をし、昼寝。昨日の歩きすぎで疲れている。
起きて、新聞と雑誌を読む(まで行かない)。単語力が劇的に落ちている。辞書を忘れた。
気がつけば、4時。薄曇りの町を散歩する。電車で町の反対側(西)まで行き、
北から東に外周道路を半周する70番に乗ることにする。意味はない。
アパートに帰れる方法の一つを試しているのだ、ということにしよう。

薄暗くなると、ネオンが光っているのは、薬局の緑色。よく目立つ。見つけるとなぜか安心する。
柔らかなに光る緑は、木漏れ陽に揺れる木々をイメージさせるのかもしれない。
フランスに来ると良い意味での色の横溢に、心地よさを感じる。
傘を持った人が目につく。本当に雨が多い。

小さな映画館も見つけた。本来、映画は演劇の代用品であった。
演劇は演じる者と観る者の両者によって作られる作品である。
映画もまた、明らかに観る者によって演じる余地が残された媒体であった。
人はともに笑い、ともに泣き、拍手喝采を送ることで、場を共有しているのだ。
私の周りには、このような小さな映画館がいくつもあった。
それは、一人でDVDを見るのとは全く違う体験なのだ。

我々は、フランスよりもあっさりと、何かを捨て去ってしまっている。
そんなことを、ボンヤリと考えながら、この小劇場が、生き続けることを祈った。


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2007.05.02   おまけ: 増山 お待たせ!


増山

勿体つけすぎて、出すとガッカリされそうなのが心配。
実はTANだけ(10編くらい)で終わる予定だったが、
日記風になって来て、電車の顔を出す機会を失った。
モンペリエやリヨン(イルカ)に比べたらごくあっさりしている。
何種類かあるが、一器量の悪いヤツを出す
(負け惜しみも含めて、いくらでも引っ張るしかない)。

帰国後以下の2点はみんなに報告します。
1)TAN について(交通局にも行こうと思っている)
2)ナントについて(留学しませんかも含めて)


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