空間情報デザイン研究室
空間情報デザイン研究室 小林一郎
ホーム コンタクト リンク サイトマップ

2011.05.17   御船川目鑑橋 その4

▲眼鏡橋のかけら と その大きさ
▲眼鏡橋のかけら と その大きさ

 看板の先には大量の石が積んでありました。
 石たちはフェンスに取り囲まれて、
 何か言いたそうに、ただじっとしています。

 そこには四角く綺麗に整形された石とぼこぼこといびつな形の石。
 なにが違うのかなぁと、眼鏡橋の写真を見ると一目瞭然。
 石橋のアーチ部分と壁の部分で形も大きさも違います。

 もっと石に近づくと「K669」と番号が白で書かれているのが見えました。
 850個の石が使われていたのですから、
 ここには少なくとも600個は残っているようです。

 石橋はただ石を積んでいるだけ。
 そう思うけれど、そんな簡単なことではありません。

 昔の石橋は石同士を繋ぎ合わせる為にセメントなどをつかっていないので、
 石同士が上手に力を伝え合わないと石が落ちてきたり、はみ出したりしてしまいます。

 そもそも石で橋をかけようと思うと、アーチは最も合理的な構造。
 石を一つ一つを綺麗に整形するのも施工を考えると、これまたとっても合理的。
 アーチ構造と石工さんの成形技術がうまくマッチした結果の無駄の無い構造と材料なのです。

 だから、きっと、形が美しい。

 橋が流されたときに復元話が何度となく持ち上がったのですが、
 石が足りないこと、図面がないこと、そして、一番にお金がかかること。
 いろんな事情で眼鏡橋は立ち上がれずに積まれたまま。

 「本物の構造の美しさ」はいくら言葉で語っても、目の前にモノがないと実感できない。
 新しい橋にはない何か、大事な何かがそこにはあります。

 石はいつか復元されることを夢見て、
 ずっと捨てられずにそこでじーっとしているだけ。
 これって、結構大事なことだと思います。

from おかだ さちこ comment(0)

2011.05.09   御船川目鑑橋 その3

▲世界に一つの地図 と 石材置場の看板
▲世界に一つの地図 と 石材置場の看板

 出発前にインターネットで石の保管場所を調べてみると、
 石橋が好きな人が場所を教えてくれました。

 しかし!
 あるページには「御船運動公園」。
 あるページには「町民グラウンド」。
 あれれ?と思い、町のホームページを検索するとどちらの名前も載っていない。

 仕方がないので、近くの商店街を尋ねることにしました。
 商店街を歩いていると、
 空いているのかどうか分からない雰囲気の酒屋さんが目に止まりました。

 店の前にはコカコーラの自動販売機、スズキの軽トラック。
 銀色のアルミサッシにガラスの扉。
 先生はどかどかと進んで行き、
 ガラガラと扉を開けた。
 続いて私たちも中へ入る。

 中は少し薄暗く、電気がついていない。
 カウンターの奥の棚にはかつて使われていたであろう陶器の酒樽。
 ワンカップ大関、白岳しろ。
 その隣になぜか掛時計、そして棚の下の段にはホワイトリカーとタカラ本みりん。
 確かに、お酒。酒屋さんです。

 お店の人がいないので空いてないのかなと思ったら、
 奥から白髪の、少し痩せているおじいちゃんが出てきました。

 早速尋ねてみる。
 「すみません。あのー、御船川の目鑑橋の石を探しているんですが。
  昔、川原に置いてあったでしょ?」
 「あぁ、ありました。」
 「町民グラウンドにあるって聞いたんですが、どこか分かりますか?」
 「そういえば、あったねー。」
 と、おじいちゃんは鉛筆を手に取り、
 A6サイズ程度に切った裏紙に地図を描き始めた。

 「そこ、曲がった所に歯医者さんがあったでしょ。
  あれを左に曲がって、真っ直ぐいったら、信号が二つあったと思うんやけど。。。」
 そこまで書いたら紙から地図がはみ出した。
 無理矢理、続きを書こうとする、おじいちゃん。(一同、苦笑。)

 おじいちゃんはもう一枚の紙を取り出す。
 「あの、今いる場所はどこですか?」
 「今はこの辺と思うんじゃけど。。。」
 「え?!」
 「そして、華ほたるという温泉があるから、そこをずっと上がって行って。。。」

 また紙から地図がはみ出し始めた。さらに、もう一枚追加。
 「ここを曲がって、その次はここを曲がって、この前の道には入ったらだめ。」

 おじいちゃんはきっと、頭の中で運転しながら地図を描いているから、
 いつのまにか3枚に及ぶ超大作ができあがった。
 4人しか共有できないたった一つの地図のできあがり。

 親切にしていただいたお礼をおじいちゃんに言って、
 石が保管されている場所へと出発しました。
 実際、行ってみると、信号といい、
 曲がり具合といい、実に正確な地図に驚く私たち。

 そして、そこには看板がありました。
 その名も「目鑑橋石材置場」!

 (その4につづく)

from おかだ さちこ comment(0)

2011.04.26   御船川目鑑橋 その2

▲今の目鑑橋 と 目鑑橋のミニチュア
▲今の目鑑橋 と 目鑑橋のミニチュア

 おじいさんの案内通りに進むと、橋が見えてきました。
 でも、石橋ではなく、コンクリートの桁橋。

 本で見つけた風景はそこにはなく、
 どこにでもあるような風景が広がっていました。
 違うのは橋の親柱に「旧眼鏡橋」と書いてあること、
 そして、護岸に目鑑橋の絵が描いてあること。

 橋を渡った先には目鑑橋のミニチュアに簡単な覚え書き。

  嘉永元年(1848)、肥後の石工、卯助、卯市、丈八三兄弟が築造。
  長さ60m、幅4.6m。石数850個を使用。
  昭和58年県重要文化財に指定。
  昭和63年5月3日流失。

 ミニチュアの隣には私の背丈ぐらいの四角い石柱。
 「御船川目鑑橋之記」というタイトルとともに、
 架設の由来や関わった人の名前が彫られていました。

 これだけの情報じゃ、目鑑橋のカタチしか分からない。
 そもそもこの目鑑橋はまちの人たちみんなで架けた橋。
 大事なのは「なぜこの橋が架けられたのか」と「本物の構造の美しさ」。

 ーーー
 御船川に二連のアーチ橋が架かったのは江戸時代後期、嘉永元年(1848)。
 当時、御船町は上益城西部の中心で、上益城の米蔵、酒造の本場。
 その御船の町は川を挟んで二分されていたたため、
 米や酒の搬出がとても不便でした。
 飛び石を渡ったり、木橋を架けて往来していたらしいのですが、
 木橋では腐ったり流されたり。
 御船川は幅が広く、橋の長さが60mなので、
 架け替えにも費用がかさんでみんなが途方に暮れていたそうなのです。

 しかし、木倉手永の惣庄屋米永平蔵惟詳という人が石橋を架けようと動き出したのです。
 彼は実業家で、水路の開削、門前川目鑑橋、八勢橋も架けた人。
 石橋を架設する莫大な費用を造り酒屋の万屋、林田儀七郎能寛らに協力をあおぎました。
 万屋は御船町では代々酒造業を主にした豪商で、
 「たとえ御船川が逆流しても、万屋は倒れまい」と古老の間で語られるほどの人でした。
 ーーー

 こういう風に書かれている記録や物語を読んでいると、
 昔の暮らしを自然と想像してしまう。

 目鑑橋をつくり上げる大変さ、
 その橋が担ってきた暮らしの中での役割、
 そういった全てが頭の中を駆け巡り、
 先人の暮らしに思いを馳せる。

 記録と橋があった場所とを頭の中で重ね合わせていくうちに、
 そのときの風景が目の前に現れる。
 と、同時になんだかよく分からない気持ちになってじーんとしてくる。

 (その3に続く)

参考文献
上塚尚孝:目鑑橋礼讃、1998.
山口祐造:石橋は生きている、葦書房、1992.

from おかだ さちこ comment(0)

2011.03.28   御船川目鑑橋 その1

▲見出しだらけの本 と その中の御船川目鑑橋
▲見出しだらけの本 と その中の御船川目鑑橋

 すっごく気持ちのいい秋晴れの日。
 石橋の先生(小林先生)とその息子さんに連れられて、
 石橋に会いに行きました。

 「石橋」を目当てにお出かけするのは生まれて初めて。
 要領のつかめぬまま、車の後部座席に座り、ふと隣に目をやると、
 「熊本の石橋313」と「熊本県広域道路地図」が置いてありました。

 車に揺られながら本を手にとると、付箋や見出しがたくさん。
 当たり前だけど、石橋に会うには、
 どこに架かっているのか調べなきゃいけないんです。

 ペラペラと本をめくっていると、
 熊本だけで313橋もあるの?!とびっくり。
 そのほとんどを先生は見ているらしい。すごい。

 まずは御船川眼鏡橋。
 石橋としてはイレギュラー。
 昭和63年に大洪水で流されているから、
 この橋はこの世には存在していない。

 そもそも石橋お出かけのきっかけは、
 残された石たちに私の触覚が動いたから。

 「御船には流された石橋の石が保管してあるんやー。」と
 先生に教えてもらってから、行きたくて仕方なかった。
 だって、流された橋の石をとっておくっていうことは、
 橋がみんなにどれだけ愛されていたかの証拠。
 御船川眼鏡橋が架かっているのを私は見た事がないけれど、
 カケラを思い浮かべるだけでドキドキしてしまいます。

 さて、そうこうしているうちに車はどんどん進んで行き、
 橋の近くのコンビニまで着きました。
 先生がコンビニの店員さんである若いお兄ちゃん(高校生ぐらい)に
 「眼鏡橋があったところはどこですか?」と尋ねると、
 「???」と不思議な表情です。
 昭和63年じゃ、きっと彼が生まれてまもなくだし、
 渡った事もないんじゃ、やっぱり知らないかぁと少しがっかり。

 まぁ、行けば分かるだろうと車に乗ろうとした矢先に、
 「何か探しとるとね?」と話しかけてくるおじいさん。
 私たちが「石橋が昔架かっていたんですが。。。」と言ったそばから、
 「あ、めがね橋はそこ入っていって右。」と道案内。

 なるほど、石橋ってそういうことなのです。
                          (その2につづく)

from おかだ さちこ comment(0)

2011.03.22   はしがき

▲石橋 と かわゆい石たち
▲石橋 と かわゆい石たち

 石の魅力が何なのか知りたくて、
 イロイロうろちょろしていたら、
 気がついたら熊本にいました。

 石ってまるっこいのやカクカクしたの、
 私よりおっきなのや砂の一歩手前まで、
 色んな形や大きさ、様々な色をしています。

 きらきらとした宝石、
 手のひらに乗るような川の石、
 頑張って積んだんだなぁと眺めてしまうお城の石垣、
 どこから持って来たのかしらと思うほどの巨石、
 そのどれもが何千年も何百年も前からずっとずぅーっと使われてきたのでした。

 ずっと昔から全国で石が使われているのですが、
 その中でも熊本には「石橋」がたっくさんあります。
 熊本に来て、石橋の先生(小林先生)に教えてもらうまで、
 こんなにたくさん石橋があるなんて知りませんでした。

 石橋って、
 一つ一つに個性があって、
 形の美しさに思わずうっとりして、
 それを作り、使ってきた人たちの暮らしに耳を傾けたくなるものなのです。

 さて、今日から「石のことづて」を綴ってゆきます。
 私を石橋の入り口へ導いて下さった先生の研究室のページをお借りして。
 まずは「石橋」からはじまります。
 不定期更新ですが、末永くおつき合い下さい。

                      平成23年3月 おかださちこ

from おかだ さちこ comment(2)

▲このページのトップへ
HomeBLOG研究室の出来事