空間情報デザイン研究室
空間情報デザイン研究室 小林一郎
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2008.08.16   ロッテルダム・パリ



8月15日(晴れ)
急いでオランダを出たい。9時半ロッテルダム中央駅へ。2時過ぎパリ着なので、昼飯を用意しようと思うが、buffetで食事をしていないことに気づく。昼どきに食堂車へ。どの席も夫婦連れで埋まっている。一つだけ空いた席があった。そこへ座ると、直ぐに婦人が席を探しにやってきた。僕の方を一瞥し、さも嫌そうだ。再度、全体を見渡し空き席を探しているが、他にない。彼女は仕方なさそうに、「この席は空いていますか?」、「はい」。飯食べながら、おばさんと喋るのは苦痛なので、無言で行こう。

メニューは、スープ、サラダ、肉(2種類から一つ選ぶ)。飲み物は、僕がビール、婦人はグラスの赤ワイン。恐らく、40歳は越えているのだろ(外国の女性年齢は推定不可能)が、小綺麗な身なりで、大きな眼鏡が似合っている。食事が来るのを待っていると、まず、通関の検査員がやってきた。フランス語でその旨を全員に告げる。彼女は全く反応しない。パスポートが必要であることを、英語で教える。優しく微笑んで、Thank you。これを切っ掛けに会話が弾んだ(と言うか、彼女が一方的に話し、時々僕が質問する)。実に楽しい1時間半であった。それにしても、ナイフとフォークの使い方がエレガント。僕は、例のごとく、左手にパン右手にフォーク(フランス庶民の正調)。

彼女はオランダで働いている英国人で、出身地はハンバーの近く(当時世界最大の橋はそこにあった)。ハンバー橋は、彼女にとっても自慢らしく、必ず資料を送ってくれるとのことだった。夫はイギリスの会社に勤めていて、パリで合流し、遅いバカンスに出かけるらしい。息子はクラシックの指揮者になる勉強をしている。「将来日本でも公演があると良いですね」「是非に行きます」。別れ際に、彼女のオランダの勤務先の所在地をメモして貰う。僕は大学の住所を書く。快適な食事だった。英国も、もしかしたら良い所かもしれない。僕が誰かは、伝わっただろうか。好きなくともかなりの「橋好き」であることは伝わったはずだ。

北駅着。早速Solexを探しに行く。小荷物係に預かり証を私と、彼は僕を待たせて黒人の税関吏と何かひそひそ話している。いかにも網を張っていた相手が来たという感じ。赤軍派の残党がこのたりをうろついているという話も聞いた。オランダは麻薬なんかが結構自由に入るらしいので、出国の時は用心すべき、といった話も頭をよぎる。もしかしたら、大麻か爆弾がバイクのどこかに入っていたのかも。大柄な税関吏は、鋭い目つきで、僕の方に近づいてくる。凄い緊張が走る。

「このSolexはあなたのですか」「購入証明書は?」「国籍は?」と、矢継ぎ早の尋問が始まる。なんだか、逃げ出したい気持ちにある。できるだけ好青年のように振る舞っておいた方が良いような気もするので、できるだけ快活にテキパキと答える。「帰国の時には、これはどの様に処分するのか?」「???(なんだか話が変だ)」「どうせ売るのなら私に売ってくれないか。家内が買い物に出かけるにはこれが一番だからね」いいながら、バイクにまたがり、乗り心地を調べている。地獄に仏(ちがう、渡りに船)の心境。18日3時に、ここで会うことにする(値段交渉が大変だが、僕としては、ヘルメットやチェーンの鍵もつけて、プレゼントしようと思っている)。

あと数日、1分でももったいない。駅の近くの安ホテルに飛び込み、町に乗り出す。15日はフランスでも特別な日らしい(聖母昇天祭Assomptionとのこと)。つまり、デパートも本屋も全部閉まっている。行くところがないので、リュクサンブール公園へ。この時期、ここもお上りさんのメッカなので、今まで訪ねた公園のように、静かに時を過ごすという風情がない。裏口から出て、シャーイヨー宮まで行く。夕日に映えるエッフェル塔が美しい。

郊外に出るが、夜道を適当にうろつき、凱旋門のロータリを3周して帰る(下手に内側にバイクで入ると外に出られなくなる)。きっと外側を少しずつ回るのが正解なのであろう。食事がすっかりドイツ風で、ソーセージにビール大。特大のジョッキが来て全部の飲めずにホテルに帰る。狭い間口のホテルなので、バイクを置くスペースがない。玄関脇に、外灯があるので、それに巻いておくことにする。これだけ明るければ、取られることはないだろう。




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