空間情報デザイン研究室
空間情報デザイン研究室 小林一郎
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2008.08.27   一瞬


「一瞬」または「責任」について
27才の僕を、57才の私が眺めた。奇妙で愉快な旅であった。今振り返れば、1978年が、私にとって最重要なのは、あの旅があったからではない。ほんの少し後に、多少の因果関係はあるともいえる出来事があり、私の人生は一変する。あれほど、大学を辞めたいとか、フランス人になるのだとか騒いでいたのに。
 
私にとっては昨日の出来事なのに、27才の読者にとっては、生まれる前の話なのだというのも、途中になって気がついた。私の息子達にとっては「成田開港」も「サザン・オールスターズ登場」も「大化の改新」も生まれる前の出来事なのだ。物理的時間と心理的時間の長さが全くの別物だということを本当に強く実感した。私には一瞬の距離の過去が、実感不可能(生まれていない昔)であるという意識の差は極めて大きい。
 
この旅で得たものが何かを、今振り返るのは難しい。しかしたとえば、私は昔から、焼酎やワインが好きなわけではなかったということを知った。わずかに残った資料をもとに出来るだけ忠実に旅を再現してみたが、ほとんど毎日ビールを飲み続けている。「たしかに昔はそうだった」と今にして気づいた。同じことはたくさんある。「橋のことは何も知らなかった」し「旅慣れてもいない」。30過ぎて、少しずつ自分を作って行ったということなのだろう。

30前後の人に、私の旅を通して語りたいこともあったが、これは上手く行かなかったかもしれない。学生達に「だめ出し」ができるほど、優れた27才ではなかったことだけは判明した。しかし、極力くだらない時間が長い方が良いのだという、私の日頃の真意は伝えたかった。「結婚が遅い方が良い」ということではなく「責任ある立場に立つまでは、子供で良いし、小さな失敗から学び続けるべき」だと今も思っている。

誤解しないでほしい。無責任な日々を繰り返せと言っているのではない。できるだけ小さな傷を、できるだけ多く負い続けろといいたい。それはあくまで、しかるべき時が来て責任ある立場になったとき「効いてくるからだ」。いずれ、上司になり、夫または妻になる。父や母になる。それもまた、「責任を持つ」という範疇に入っている(ちなみに上記の理由から【出来ちゃった婚】は人間として最悪)。そして、時が来れば、明るく元気に責任を全うして欲しいとも思っている。当分その時は、来ないとは思うけど。


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